アンドロイドの恋人
彼女が我が家にやってきた理由は、そもそも市場調査のためだった。
さる大手の半導体メーカーが開発したアンドロイド、A001はまだテスト段階の域を出ない。これから商品として市場に供給される前に一度、テストしてみる必要が企業にはある。
そのテスターとして選ばれた人材が、僕だった。
まだまだ組織の末端である僕にこのような大きな仕事がくるとは夢にも思わなかった。
学校を卒業してやっと手に入れた仕事だから、僕はA001を隅々まで調査した。
まず最初に驚いたのが、彼女の身体だった。隅々まで入念にチェックしてみたけれど、彼女の身体は完璧に整っていた。人形だと思い込まなければ興奮して身が持たないかもしれない。
不備も汚れもなく、完璧な状態で彼女を起動させた。起動はただ、彼女の名前を呼ぶだけでいい。
「起きろ、A001」
最初は名前も人間の女の子っぽくするべきか悩んだけれど、これは仕事なのだからと割り切ることにして、結局A001という名前におちついた。
名前を呼ばれた彼女は、その濡れたように長い睫毛をパチパチと見開いた。
唇を薄く開いて、まっすぐに慈愛に満ちた眼差しで僕を見てから、
「はじめまして、ご主人様」
免疫がないせいか、ご主人様と呼ばれた瞬間に頭がぐらついた。
マジか。ドキドキする。
僕の反応とは裏腹に彼女は笑顔を絶やさず、「いかがなされましたか、ご主人様?」と小首をかしげる。
ちょっとした動作が普通の女の子っぽく、心の底から僕を心配するような声に悶えそうになるが、グッとこらえてその日はA001のレポートに徹した。
『起動一日目。A001、初期不良なく起動しました。受け答えは完璧』
本社にメールを送ると、明日は一緒に買物にいって欲しいとの指示が返ってきた。彼女のために服を一着購入して欲しいようだ。経費で落ちるので領収書を持参するようにと但し書きもあった。
その但し書きが、僕を冷静にする。そう、これは仕事だ。しかも相手はただのアンドロイドなのだ。