@manami_hijikata
【海】
脳裏にはずっと、海辺で佇む彼女の姿が浮かんでいた。
『立川が死んだ』
そうつぶやいた(twitterに書いた)のは誰だったか――
どうやってそいつがそのことを知ったのか、俺には知る由もなかったが、俺はそれが真実だと思った。
泥臭く、埃っぽく、人の熱気でじめじめとした校庭を歩く。
隅には俺たちのスペースがある。歩き慣れた道順を無意識のまま進んでいく。
そこにはいつものように女がいた。
無言のままポリバケツに向かい合った俺に女は、
「たべる?」
「ああ」
そう言って俺は、そこで初めて愛田の存在をはっきりと認識した。
クラス一、いや、学年で一番可愛いと評判のある愛田は、髪は泥と埃と湿気でぼざぼさで、服も泥と埃と湿気でぼろぼろだった。
炊飯器を抱き抱えた委員長が握り飯を差し出している。
手は綺麗だった。
綺麗に汚れていた。
俺はそれを無言で受け取って、一口で食べた。
手に粒が少し残ったが気にせず財布から札を出す。
適当に取りだしたそれには零が四つ並んでいた。
そいつを縦に折って折って折った。
そして十円玉にそいつをぐるぐると巻きつけた。
立川がやっていた呪い(まじない)だ。意味は知らない。
上手く巻けなかったから、札を一度解いた。
どうやら綺麗に折れていなかったようだ。
折り目を伸ばす時にご飯粒で少しべたついたが、気にせず引き剥がした。
「万札じゃないか、もったいない」
「こいつにはもうそんな価値はない」
悪友の放った一言に、俺は振り返らずに返した。
今度は丁寧に折って折って折った。
綺麗に八分の一の太さになったそれを十円玉にぐるぐると巻きつける。
立川はいつもそうしたものを肌身離さず持っていた。
こいつの話をしたことが一度だけある。
親から聞いた呪いと言っていたが、意味は教えてくれなかった。相伝のものだと言ってたっけか。
その時の立川の顔を思い返してみると、俺に話したかったようにも思えた。
立川は俺よりも頭一つ分以上背が低く、話すときはいつも首を痛そうに曲げていた。
身体は小さかったが運動神経はよく、足もかなり速い女だった。
責任感が強く、クラス委員――というより、風紀委員が似合いそうなやつだった。
高校には進学せず軍に入った立川は、俺とあいつより死に近い場所に行ってしまった。
俺とあいつと立川は小さい頃から一緒だった。
だから、あいつが『立川が死んだ』なんて、冗談でも言うはずはなかった。
そうだ。
あのつぶやきはあいつのものだ。
俺は立川の呪い(のろい)をポリバケツに捨てた。
「どこにいくの?」
「海」
あいつが泣いているから。
『@manami_hijikata 今行く』と返信した。
脳裏には、海辺で佇むあいつの姿が浮かんでいた。
作品名:@manami_hijikata 作家名:ぶちょー