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ねこたねこ
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コタロウによろしく

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「す、べて、俺のせい……、大切に、あ、愛、情を持って育てていた、と思…っていたのは、全部お、れの自己満足にす、ぎなかった……。こん、こんなに俺を愛してくれた、の、に、八つ当たりして……。な、なのに、こんな俺に謝るなんて。コタロウが、い、言いたいこと、ほとんど、謝ること、ばかり……」
 そして人目もはばからず涙で濡れる地面を叩きながら慟哭の叫びをあげた。 
 
 「謝るのは……俺のほうだろがーーーー!!」
 
 健治は気力を振り絞り、キッとした顔で老人を見やる。
「あ、あんた、どうして俺に、こんな……。どうして俺をここへ……」
 老人が再び健治の肩に手を置く。
「君を呼んだのは私じゃない。コタロウ君だよ」
 呆然とする健治の肩をさするようにして老人は言葉をつむぐ。
「コタロウ君はね、君に嫌われたくなかった、いや、嫌われたくないんだよ。そのまま終わりたくなかったんだろうな。君の機嫌が悪い時、君が辛そうな顔をしているとき、コタロウ君は自分のせいだと思っていた。実際は違うんだが、彼にはそれがわからないから。大切にしてくれた君に悪いことをしたと思っているんだよ。感謝しきれないくらいに感謝しているからこそ、まず謝っておきたかったんだろう」
 俯く健治の眼下の地面が一つ、二つと小さな土埃を上げながら水滴に染まっていく。
「コタロウ君は君と出会えて良かったと思ってる。短い間だったが本当に幸せだったと思っている。感謝のしようがないほどに感謝しているよ。彼がそう言っている。本当だ……」
「いや……。お、俺は、最低、最悪の飼い主だよ……」
 すっかり弱弱しく、無防備になった健治に対し、老人は言う。
「もう謝るな。コタロウ君は謝罪なんて望んでない。君は高熱でふらふらになりながら、いつものフードを買うために離れたスーパーまで買い物に行っただろう。つらく当たったのは数えるほどじゃないか。パートナーとして人一倍努力したことが他にもたくさんあった。そして今日、ここへ来たじゃないか。悪いことばかり考えなくていい」
「で、でも、もう、会えない。もう、どこにも連れて行ってやれないっ!」
 叫ぶ健治の言葉をまるで予想していたかのように老人は言う。
「コタロウはコタロウだからね、あのコタロウには、もう会うことはできないだろう。でも……」
 健治は怪訝そうに老人を向いて言う「……でも?」
「人は誰も見たことのない天国があると思ったり、魂は存在して、違う命となって再びこの世に生まれ変わると信じたりする。それが本当のことかどうかはわからない。本当かどうかは問題でもない。信じることは誰でもできるんだ。そして自分が信じていれば、それこそが真実だ」
 コタロウへの申し訳ない気持ちで打ちひしがれている健治は、ほんのわずかでも未来のことを考える気にはなれなかった。何をしたってコタロウは帰ってこない。だからこれからどうとか、何をどう思うかなど関係なかった。
「そ、それが、なんだというんだ……」
 老人はこれまでにない温かい満面の笑みを浮かべると、健治の肩ごしに遠くの一点を見た。
 里親募集の会が行われている小屋。
 会はもうすぐ終わるようで、保護した動物を持ちこんだボランティアの人たちが、一人二人と撤収を始めている。主催者も片づけを開始するところだった。残念ながら里親が見つからず、来たときと同じキャリーに入れられ帰路に就く動物たち。
 老人の視線に促され、力なく立ち上がった健治はよろよろと呆けたようにそこに歩み寄っていく。
 もうほとんどの持ち込み者は帰ってしまったようだったが、一人、大きなキャリーを抱えた六十歳くらいの女性が、最後に小屋から出てくるのが見えた。健治は女性に近づくと、何の考えもないまま話しかけた。
「……その子たち、ダメだったんですか?」
 明らかに泣きじゃくったあととわかる健治の顔を見て怪訝そうにする中年女性。だが、本来明るく気さくな性格なのだろう。健治の問いに快く返事をしてくれた。
「子たちじゃないのよ。一匹だけダメだったの。六匹持ち込んで五匹里親さん見つかったから、大成功だったと思うわ。この子はちょっと運がなかったけど、一匹なら私が育てることもできるから」
 そう言って女性が見せてくれた犬は、まだ生まれて数か月の真っ白な雑種の子犬だった。長時間の展示で疲れてしまったのか、キャリーの中で、敷物に顔をうずめるようにしてすっかり眠ってしまっている。何かの皮膚病に罹っているのか、首から下の毛がほとんど抜け落ち、お世辞にも見た目がいいとは言えない。
「せっかくの里親募集会だったのに、一週間前に変な皮膚病に罹っちゃってね。獣医さんに診てもらったけど、もう治ってはきてるみたい」
 まだ放心状態にある健治は、女性の許可も得ずに眠る子犬の肩のあたりを人差し指で優しく撫でた。子犬は「ぐぅぅ〜」と気持ちのよさそうな声を出すと寝返りを打ち、敷物からかわいい顔をのぞかせた。
「顔の毛は抜けてないのよ。かわいいでしょう? 雄だから将来は男前になるわね」
 そのとき、もう女性の声は健治の耳に入らなかった。
 目の前の映像が写真のように静止し、それが一コマ一コマ動いていくような感覚に陥る。
 衝撃が全身を突き抜け、震えが襲ってくる。
 ハッとして健治は後ろを振り向き、絵描きの老人を見ようとした。しかし老人はもうそこにはいなかった。
 ゆっくり向き直り、呆然と犬を見つめる健治の目にじわりと涙が浮かぶ。
「コ、コタ、コタロウ……、じゃなくて、こ、この子…を譲ってください。ちゃんと……育てます」
「は、はい?」
 呆気にとられた様子で女性が訊き返す。
 健治は涙をしずめてもう一度、はっきりと言った。
「その子を譲ってください。ちゃんと育てます。命に代えて一生守ります」
 女性はバッグからハンカチを取り出すと健治に手渡した。そしてやさしく諭すように健治に言った。
「愛犬を亡くしたの? 辛いことがあったのね……」
 女性は健治の背中を優しくさすってくれた。
「この子は心ちゃんっていう名前なの。ハート型の模様が特徴的でしょ。でも、それは私が勝手につけた名前だからコタロウにしてもいいからね。心ちゃんは幼名ってことで。じゃあ、用紙に住所と名前と電話番号を書いてもらえる? ここの決まりなのよ。それと、これは決まりじゃないけれど、本当に大事に育ててね」
 涙を堪えて唇を噛みしめ数度力強く頷いた健治は、小屋で手続きをする女性を遠くに見ながら、そっとコタロウの絵を取り出した。
 そして画用紙の端を掴み、精一杯の力を込めて祈る。
 
「おじいさん――、頼む」
「コタロウによろしく――」
「俺はおまえが大好きだと伝えてくれ」

 目を閉じた健治のイメージの中に、小さく頷き健治に返事をする老人の姿が見えた。
 その横に、ボールをくわえて喜ぶコタロウの姿が見えたような気がした。  
 
                           終                       




作品名:コタロウによろしく 作家名:ねこたねこ