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ねこたねこ
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コタロウによろしく

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  2.

 
 何を見るでもなく勇福寺の参道をぼんやりと歩き進んでいた健治は、コタロウとの出会いを思い出したとろで、ふと目に入った情景に意識を引きもどされる。
 ご主人さまを愛しそうに見上げながら、得意げに歩いていく犬たちの姿。この寺の敷地内が犬の散歩コースとしても人気だったことを思い出す。
 他の人が見ればなんてことない景色だろう。しかし今の健治には特別で尊いものに映る。微笑ましくも切なく感じるその様を見て、健治にまた、コタロウとの思い出が蘇ってくる。
 
 はじめての散歩。
「コタロウ、おまえの首輪とリードだぞ。絶対似合うぞ」
「アウアウアウ!」
「そうか! よし、行こう!」
 多くの動物を保護していた鈴木さんによると、他の犬猫の世話があり、まだ子供のコタロウはほとんど外に出られなかったという。
 だからだろう、コタロウは跳ねた、そして飛んだ。うれしさを爆発させて興奮した表情で健治を見上げながら走り回る。思い返していると、当時の自分の声まで鮮明に聞こえてくる。
「ほらほら、コタロウ。そんなにはしゃぐなよ。明日も明後日もあるんだから」
 会社と家との行き帰りで、近所のことにすっかり疎くなっていた健治は、知らぬ間に変わっていた街の様子を見て思わず自嘲した。
「こんなところに公園ができてたんだな……」
 まだ残暑厳しい夏の日差しの下、木陰のベンチでコタロウと佇む。
 木々の間をすり抜けて青い匂いを運んでくる、忘れかけていた外の風を感じながら、健治は二人のスタートを心の中で祝った。
「コタロウ、俺が大事に育てるから安心しろ。二人で楽しく暮らしていこう。そうだ、おまえの首輪、食器なんかを揃えなきゃな。とにかくよろしく」

 健治は飼い主としての責任を果たすべく犬に関する本を読みあさり、コタロウが快適に過ごせるよう必要なものを揃え、やんちゃで遊び盛りのコタロウのためにおもちゃを自作したりもした。
 日々の散歩も欠かさず、どんなに眠くても早起きし、どんなに疲れて帰宅しても二人で近所を歩いた。
 いつの間にかできた近隣の犬友と話す何でもない会話は、健治の心にこびりついた垢を洗い流してくれた。それは掛け値なしに楽しく、会社での不毛な雑談とのギャップを考えると、苦笑いしてしまうほどだった。
 家でのコタロウは甘えっ子そのもので、健治がトイレに行けばドアの前で待ち、風呂に入れば出てくるまでドアを開けてと悲しそうに鳴く。だから健治はいつも自分の入浴をコタロウに見学させる羽目になった。
 食事を作るときも、居間でテレビを見る時もコタロウはいつも健治の横にいた。うっとうしいなんて思わなかった。むしろ本当の意味で自分を必要としてくれるコタロウを愛しいと感じた。
 コタロウとの生活にだいぶ慣れてきた秋。健治は昨年までの自分なら考えることもしなかった「紅葉狩り」に行くことにした。平日、どうしても一人でいる時間が長いコタロウために、色々と調べて温めてきた企画だ。
「今日は遠出に連れてくぞ、コタロウ。車で大人しくしてられるかな?」
「アウワウアウッ!」
「今からこの赤い車に乗って、真っ赤に染まった山に行くからな。二人で歩こう」
 パタタッパタパタッ
「おわっ、テーブルの近くで尻尾振るな! コーラがこぼれる!」
 引き取った当初は幼すぎたので車に乗せることはしなかったが、この企画のため、体も大きくなってきたコタロウを普段の買い物時に車に乗せて慣らせ、暴れないようちゃんとしつけた。
 道中、流れゆく景色のすべてに反応して興奮するコタロウ。
 それを見守りながら、健治はハンドルを握る。
 到着した山で、落ち葉の積もる林道を走り回るコタロウ。遠くでキューンと鹿の鳴く声が聞こえる。二人で山の中を何キロも歩き、ヘトヘトになって家路に就く。
「こんなに疲れたの、何年ぶりだろう。コタロウ? おまえはちっとも疲れてないな」
 帰りの車中でもはしゃぐコタロウを見て半分呆れて笑ってしまう。
 以来、車での遠出は健治とコタロウの定番イベントとなった。冬は近郊の公園や行楽地へ行き、ときにはドッグランでコタロウが満足するまで走らせる。春は花見の名所を巡り、夏は海で一緒に泳いだり、川べりでバーベキューもした。
 旅行など縁のなかった健治だが、コタロウとの遠出がきっかけで泊まりの旅行にも行くようになる。忙しくてお金を使う暇もない健治の唯一のお金の使い道はコタロウだった。
 新潟の日本海側まで行って海水浴。日光、谷川岳、昇仙峡に紅葉狩り。春夏秋冬、旅先でコタロウと季節を感じる時間は新鮮で、大都会での生活に染まり、そういう志向はないと思い込んでいた健治は自分自身に驚きも感じた。
「おまえのおかげでいいことを知ったよ。ありがとな」遠出から帰るたび、健治はコタロウにそう語りかけていた。
 つらいことがあって一人自宅で飲むときも常にコタロウは傍にいた。風邪で寝込んでいる時は、まるで病気を知っているかのように寄り添ってくれた。
 当時付き合っていた彼女はコタロウを気に入っていた。彼女が去っていく時、コタロウは小さくキューンと言った。二人の仲がどうにもならないことを知らない(はずの)コタロウのその鳴き声が、健治には一番つらかった。彼女が去ったことよりも。
 二人で開発した数ある遊びの中で、特にコタロウが好きだったのが湖でのボール投げだった。車で三十分ほどのところにある湖に行き、静かに周辺を散歩。しかし、健治がピンクのプラスチックボールをポケットから取り出すとコタロウの興奮は一瞬でMAXに達する。
 ダダダッと走って岸へと向かい、健治が動くのをいまかいまかと待ち構える。健治はそれに応えて湖にボールを投げる。
「ほらっ、とってこいコタロウ!」
 必死に泳ぎ、ボールをくわえて戻るコタロウ。「ボク、やったよ!」とでも言うようにハァハァするコタロウの頭をゴシゴシ撫でながら褒めてやる。
「よし、泳ぎもだいぶうまくなったな。えらいぞ」
 またボールを投げる健治。コタロウは何回やっても自分からはやめない。最後は健治がコタロウを心配になり「今日は終わり! また今度な」といって強制終了となるのだった。
 
 コタロウと幸せな日々を過ごす間、健治の会社での生活は相変わらずだった。同期、同僚はいても助け合うわけでもなく、むしろ心を許せない仲。出先では他社と天秤にかけられ神経を使い、クビになったり自ら辞めていく同僚を見るのは日常茶飯事。
 しかし――
「本当の自分はこういう人種に囲まれているはずではなかったのに……」
 という、それまでの数年間、四六時中、頭の中にこびりついて離れなかった思考はもう、健治を支配しなくなっていた。
 いつもモノトーンに映っていた街並みにはしっかりと色がついて見え、会社帰りの電車から見る夜景にも寂寥感を感じない。なんとなく一人だった自分はすっかり一人ではなくなっていた。小さな雑種犬が荒みきった健治の心を救ってくれたのだ。
 コタロウが来て一年半が過ぎたころ、健治は唐突に部署のリーダーを任され、これまで以上のストレスに耐えなければならなくなった。
作品名:コタロウによろしく 作家名:ねこたねこ