「舞台裏の仲間たち」 76・最終回
「あら、わたしとしたことが。
よろしくお願いいたしますなどと、石川さんに挨拶をしておきながら、
いままで茜を抱きしめっぱなしだったわ・・・・
野暮だわねぇ~あたしったら」
「じゃあ、私たちもこの辺で、失礼をします。
だいぶ遅い時間になってしまいましたが、
これからレイコのおばあちゃんの家に、行きたいと思います。
結婚が決まったら、いつも真先に報告に行きたいと、
レイコは、いつも口にしていました。
それを知っていながら、もう10年以上もレイコを待たせていました。
今度の脚本を書き始めた時から、
書き上がった時点で、正式にプロポーズをするつもりでいました。
みんなが盛りあがっているすきに、
『どうする、俺たちも結婚するか?』と聞いたら
『こんなムードも何もないところじゃ、絶対に嫌。』と、
あえなく拒否をされてしまいました。
そんな訳で、これから川内の山奥まで行って、
おばあちゃんの家で泊まってきたいと思います。
当然のこことして、すでにおばあちゃんは眠っているとは思いますが、
それでもレイコは、今夜だけは、
そのおばあちゃんの家で眠りたいそうです」
「順平君。
その、おばあちゃん家へ行ってまでも、
レイコちゃんに、再びプロポーズを断られたらどうするの?
ありうる話だぜ・・・・」
「それって・・・・え~、まったくの想定外です。
その時はその時で、当たって砕けます、座長」
「冗談だよ。
もうレイコさんの顔は、承諾をしているよ。
良い事が有ると、女性は美人になるというが、それは本当の話だね」
笑う声に送られて、順平とレイコも稽古場を後にしました。
残されてしまった形の石川君と茜も、隙を見て退散しようと先ほどから
なりゆきと、その空気を読んでいます。
「茜。
石川さんがしびれをきらしているから、もうあなたも行きなさい。
わたしたちに遠慮することはないわ。
石川さん、こんな妹ですがよろしくお願いしますね。
今のうちに言っておきますが、
案外とこの子には強情なところもありますので、
取り扱いには、充分に気をつけてください。
98%まではとても聞き分けのよい良い子なのですが、2%だけ、
頑固な部分が残っています。
私から見れば可愛いものなのですが、時としてその2%に
男の人は手を焼くようです・・・・
ま、石川さんは優しい人ですので、そんな心配は無いとおもいますが
そこも考慮の上、大事にしてあげてくださいね」
「お姉ちゃんたら・・・・」
「解りました、お姉さん。
それに、これからは義兄にもあたるの座長。
僕らも今日はこれで、帰ります。
僕たちも、座長の病気で力になれることが有れば、
なんでも応援をしますので
遠慮なく、何でも言ってください。
しっかりと茜と二人で、支えたいと思っています」
「嬉しいね・・・・
ちずるが戻ってきてくれたばかりか、
こんな可愛い妹と、義弟まで早速出来るなんて感謝のかぎりだ。
こちらこそ、末永く頼みます」
じゃあ、と手を上げて石川君と茜も稽古場を後にします。
わずかの時間のうちに、劇団員たちが立ち去ってしまった空間には
物音ひとつ聞こえない、静かさが戻ってきました。
作品名:「舞台裏の仲間たち」 76・最終回 作家名:落合順平