花鳥風月 向日葵
受付のカウンターには、夏の花のアレンジバスケットが飾られている。
ひなたと真理は郊外の大学のリベラルアーツ学部・総合経営学科・国際秘書コース
で、共に学び偶然同じ会社に採用された。ただ、上級秘書士の資格をお互い取得していながら、
ひなたは総務部庶務課、真理は総務部秘書課に配属された。
真理が、秘書室の自席に着くと、後輩の女子社員が声をかけてきた。
「真理さんって、庶務課のひかげさんと同期なんですよね?」
「そうよ、同期だけど?」
「あの、ひかげさん新しいパンプス買ったみたいなんですけど、カツカツうるさいんですよ。
真理さんから言ってあげたほうが良いんじゃないかなぁって思って」
「あー、あの子空気読めないからねぇ、靴とバッグを買うのだけが楽しみなのよ、
お洒落できるのはそこだけだから」
「洋服は、サイズがないですもんね、ハハハッ」
「ひどいなぁ、敢えて言わなかったのに」
二人が大学に在籍していたころ、ひなたはすでに今のような体型になりつつあった。
付属の女子高に通っていたひなたは、どの部も強豪と呼ばれた運動部には興味を持たず、
週に2回しか活動しない茶道部に所属していた。和菓子が好きだったのが決め手だった。
見た目も地味で、おとなしく内向的なひなたに、いつしか“ひかげ”というあだ名が付けられた。
大学に進学すると、それまで以上に体を動かさなくなったため、平均的な身長でありながら、
体重は平均より十キロ弱重い体型になっていった。
中高と女子高だったひなたは、大学で始めて男子学生と共に生活することに直面し、
どのように対応していいものかとても戸惑った。男子学生から声をかけられても、
笑顔で応えたり出来なかった。特に体育会系のがっしりとした男性に嫌悪感を持っていた。
大学で出会った真理とは、それほど親密ではなかったが同じコースだったので顔をよく会わせるうちに、
なんとなく話しをするようになった。2年次の春にひなたを新歓コンパに誘ったのも、真理だった。
酔っ払った3年生に、絡まれてもうまくあしらうことが出来ずにいると、真理が間に入って
助けてくれたこともあった。
真理は、ひなたが男性に対して妙な理想を持っていることに気づき、指摘したこともあった。
そのときひなたは、自分の理想はすらっと背が高くさわやかで中性的な印象の美青年だと言った。
無口で優しく、知的な男性だとも、王子様みたいな人だとも言った。
今でもひなたの理想は、変わっていない。去年の春、新入社員研修を終え、
庶務課に配属されてすぐ、社員名簿を見たとき、“霄 凌”という名前を見つけたひなたは
“オオゾラリョウ”という響きに、少女漫画の登場人物のような名前だと思うと同時に不思議な魅力を感じた。
初めて男性に憧れのような感情を抱いていた。