花鳥風月 かまいたち【完結】
冬の太陽は陽の当たるところだけを暖め、空気まで暖めはしない。
“居なくなった”“居なくなった?”“それが願い?”“それが……”
耕作は今聞いた言葉をただただ反芻するように繰り返した。
前かがみになり、自分の足下を見つめていた耕作は、ふっと上体を直し、
「翔はあなたに、“居なくなりたい”とお願いしたんですか?」
と、静かな口調で訊いた。
いつの間にか、公園に人の気配はなくなり、ヒヨドリが遠慮がちに鳴いているだけだった。
「いいえ、違いますよ」
紳士はすっくと立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。耕作も後を追って立ち上がった。
「なら、ならなんてお願いしたんですか? 翔は」
ベンチから数歩離れたあたりで立ち止まり、耕作に背を向けたまま
「あの子の承諾も無く、願い事を口外するのは少々躊躇われますが……。
いいでしょう。きっとあの子なら許してくれるでしょう。ただ……」
と、紳士はそれまで以上にゆっくりと丁寧に言った。
「ただ……、なんですか?」
耕作の心は随分と乱れている。
対照的に紳士は落ち着いた様子で言葉を選んでいく。
「あなたは、それを知る覚悟が出来ていますか?」
──覚悟──
耕作はそれまでの人生の中で、覚悟をしてことに臨んだことが無かった。
それどころか、改めて問われると、覚悟をするということが
どういうことなのか、判然としないことに気が付いた。
また、もし自分に覚悟というものがあったなら、違う人生を歩んでいただろうと耕作は思った。
「教えてくれ、翔の願いは“居なくなる”ってことじゃ無かったのか?」
耕作は紳士の背中に向かって、それまでより強く言葉をぶつけた。
「覚悟は出来ているということですね。わかりました、お話ししましょう。
“あの子が居なくなる”それは──」
妙な間をとるので、耕作は次の言葉にじっと注意した。
「あなたの願いだったのですよ」
耕作はしっかりと聞いていたにもかかわらず、全く理解が出来なかった。
作品名:花鳥風月 かまいたち【完結】 作家名:桃井みりお