神さまにつながる方法
けど、どんな? だって、千夏さんとあんなに親密にしていたら、普通、妬くよ。知らないのかな? いや、高原の性格からしたら隠しはしない。じゃ、恋人、それ、許してんだ。どんな自信なんだよ。てか、なんでその人、ホワイトサークルに来ないの? 興味ないから? (注:正宗は暁斗から話を聞いて済む場所には来ない。不思議を追求するのに別々のことしたほうが効率がいい、と思っているから)
「赤池くん、降りるんじゃないの? 」
帰りの電車の中。高原の声ではっとした。
「あ、うん。じゃ、また。今日はありがとう」
そう言って電車を降りた。
扉の閉まった電車の中を見ると、高原がにっこり笑って僕を見ていた。
うー 気持ち、上がる。
僕も手を振って笑い返した。
電車が出ていっても、しばらくじっと見送っていた。
はあ。
こんなことするの初めて。
なんか、アイドルの歌みたいな心境だ。
にやけそうになるのを我慢しながら、改札に向かった。
「何度も電話したのに、どうして出ないの! 」
家に帰ったとたん、母が大声で責めてきた。なんだよ。せっかくいい気分だったのにぶち壊しじゃないか。確かにケータイの電源は尾行のためオフにしていたさ。
「お父さんが、会社をリストラされたの」
「え! 」
「ちょっと前から候補には上がっていたらしいんだけど……とうとう、さっき辞令が降りたの。役員会議で決定したらしいわ(役員会議は日曜日にする)」
晴天の霹靂(へきれき)とはこのことを言うのか!
父は、ある会社の重役だった。だから、一応、高級住宅街って言われる場所で家まで購入して、そこで金持ち生活してきた。
けど、もうそれは終わりを告げたのだ。
今まで生活の苦労もしたことなく、困ったときは親が助けてくれるだろう、って生きてきた僕。どうしたらいいんだよ!
「でも、退職金は下りるんだろ? お父さん重役だったから、数千万はあるだろ?」
「このご時世、一千万もあれば上等だわ。それだって、家のローンを払ったら足りないくらい。ああ……神さま」
母はひたいに手をあてて、ソファに崩れ落ちた。そして息を吐くと手を組んで祈りだした。
「神さま、どうかこの試練を乗り越える智恵をわたくしたちに、お与えください。あなたの勇気と愛をお与えください。どうか、どうか、よろしくお願いします……」
母は同じ姿勢のまま動かなかった。必死に神に祈っていた。
僕はたまらず部屋を飛び出した。
今すぐ、神さまにつながる精神状態を教えてもらわないと。
だって、このままじゃ、僕の学費も危ない。
医学部に入るため、どんだけ苦労したと思ってんだよ! それに、このまま辞めちゃったら高原と同じ学校に通えなくなる。
母がどんなに祈ったって、他の信徒さんたちと同じ結果になるような気がした。
気がつくと、高原の家、つまり神社の前に来ていた。
そこで彼に電話をした。
「あの、ごめん。悪いんだけど、どうしても、神さまにつながる精神状態の話を教えて欲しいんだ。じゃないと、僕、学校辞めなくちゃいけなくなるんだ」
「え、どういうこと?」
「お父さんが、さっき会社クビになって…………だから、神さまにつながってどうしたらいいか聞くんだ」
「赤池くん、今、どこにいるの? 」
「君の家の前」
「ええ」
驚きつつも、彼は家から出てきてくれた。
高原の姿を見たとき、僕は抱きついて泣きそうになった。
けど、懸命にこらえた。
彼の家は二階にリビングとキッチンがあった。すごくサッパリしていた。生活感がないというか………… その殺風景キッチンでお湯を沸かして、ほうじ茶を入れてくれた。
日曜日なのに、誰もいないのかな…… 階下にいるんだろうか。
「君の言うことは分かったけど、神さまにつながる精神状態は簡単になれないんだよ。魔法じゃないから」
分かってはいる。でも、それでもまず教えて欲しい、そう言うと高原はホワイトサークルで使っていた教科書を出して見せてくれた。
「うちのサークルではイエス・キリストは、神ではないんだ。キリスト・ロゴスって言って、神の表現者になる。そして神さまのことは『絶対の存在』て言うんだ。キリストのように人格化された存在じゃないから。『絶対の存在』は意識みたいなものだと思って欲しい」
僕はうなずいた。なんとなく分かる。
「でね、その『絶対の存在』とオレたち人間は、対等であり、彼の一部でもあるんだ。だから、神さまがオレたちを助けてくださる、という考えは間違いでもある」
「ちょ、ちょっと待って……何か書くもの」
高原の言ったことを書き留めておきたくて、紙と筆記具を借りた。
「だからって『絶対の存在』は、無慈悲に人間を見放しているか、て言うとそんなことはなくて、うーーん、彼の法則に従って生きたら上手くいくんだ。これは、物質的に成功する、とかだけじゃないよ。そんな人間の現世利益が目的じゃないから」
「じゃ、何が目的? 」
「それは後で言う」
僕にとったらその現世利益が大事なんだけど。
「じゃ、『絶対の存在』の法則を知ればいいんだね。それにのっとって生きればいいんだね」
「それが、簡単じゃないんだよ。ホワイトサークルでは知識として法則を教えてくれるけど、体験が伴っていないと絵に描いた餅なんだ。いくら野球の本読んだって、投球練習や素振りしなきゃ野球は上手くならないのと一緒だよ。
この本は赤池くんにあげるから帰ったら読んでみて。実践は、内省とか瞑想になるかな」
『絶対の存在』の法則を取得する方法―知識/内省・瞑想、と書く。
「知識っても、理解するのが、またむずかしいんだ。現代人の感覚からしたら、想像できないことばっかりだから。ちょっと物理や数学の問題、解くのに似ている。頭の中でイメージしてどうなるかな、って考えるから」
「えー。僕、物理と数学あんまり得意じゃないよ」
「倣うより慣れろだよ。大事なのは『常識を捨てろ』だ。今まで信じてきたことの大半を捨てる必要がある。ま、これは徐々に、なっていくから心配しなくてもいいよ」
そう言うと高原はニヤって笑った。ヤケに色っぽい、小悪魔系…………こいつ、こんな顔もするんだ。知らなかった。
「あんまり沢山言うと分からなくなるね。つまり、『絶対の存在』の法則は……自分を愛することだよ」
…………………………
「はやく、書いて。自分を愛すること、自己充足性って」
手を動かす。
「キリスト教では『愛、愛』て言うけどねえ、自分を罪びととか言ってたら意味ないよ。『絶対の存在』を勉強していくと、ときどきフッて気持ちよくなることがあるんだ。至高体験っていうのかな、それを繰りかしていくと、神との一体化、ってこんな恍惚として気持ちよくって、素晴らしいんだ、って思うようになるよ」
「ほんと? そんな気持ちになれるの? 」
「うん。だから、無理しなくていいんだ。徐々に勉強していけば。体験が積み重なって、だんだんツライことがツラクなくなるんだ。ってか、低い修行はもうこなくなる。それはマスターしました、ってことかな」
ほんと? ほんとなら嬉しい。
作品名:神さまにつながる方法 作家名:尾崎チホ