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若槻 風亜
若槻 風亜
novelistID. 40728
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【サンプル】六芒小隊

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 その柔らかな光の中で、箱から取り出された針と糸がざっくりと布を上下左右斜めと走った。そして、針が布から離れると、布の上には「Hector」という文字が決して綺麗ではない刺繍で並んだ。

「エクトル……」
「俺の名前? あ、名札」

 〝先生〟が何をしようとしているのか分かったエクトルがつい大きな声で答えを声に出すと、〝先生〟は「正解」と歯を見せて笑う。

「ちょっと待ってろな、すぐに全員分作ってやるから」

 上調子で鼻歌を歌いながら〝先生〟は布に次々と残りの名前を刺繍していった。そして全員分が終わると、今度はひとりひとりの服の胸に名札を縫い付けていく。数分後には明かりをロイクと交換したエクトルの分が終わり、全員の胸には与えられた名前が刻まれた。

「よし、これでいいな。名前はゆっくり覚えてけ。時間はたっぷりあるからな」

 針と糸をしまい、〝先生〟は裁縫道具の箱を荷袋にしまい直す。楽しそうに名前を読み合っていた子供たちは、続く「明日」を思い描いて笑顔で大きな返事をした。

「先生、これからどうするのですか?」

 アガットが尋ねると、〝先生〟は大きな傷の走った顎をさすり「そうだなぁ」とひとりごちる。

「うん、ひとまずは俺の友達を頼ってみるとするか。お空をぷかぷか浮いてる奴らだしどこの国にも干渉可能な団体だから、この施設もどーにか出来るだろう。国際倫理的に見てもアウトの場所だしな」

 後半の言葉はぼそりと呟かれたもので、近くにいたため聞こえたアガットは首を傾げた。〝先生〟は彼女に笑顔を返すとその頭を撫でてはぐらかす。

「さ、そろそろ寝ろよお前ら。日が出る頃には起きるから五時間くらいしかないからな。明日はもっと歩くぞ」
「はーい」
「フェリシーはせんせーのとなりがいー」
「じゃあ男は先生のこっち側で女は先生のこっち側な。ジョスラン、お前先生の横」
「べ、別に僕は隣がいいなんて言ってないよ」
「いいじゃないジョスラン。順番順番で先生の隣ってことで」
「え、じゃあ明日は俺とカリーヌが隣で、明後日はエクトルとアガット?」
「わ、私も別に」
「なーにこんなおっさん取り合ってんだかね、この可愛いがきんちょ共は」

 エクトルが指示すると特に反論は上がらずに男女が分かれ、〝先生〟の右手側にフェリシー、カリーヌ、アガットが、左側にジョスラン、ロイク、エクトルが横になる。自身を間に挟んで飛び交う会話に〝先生〟は苦笑をこぼした。言葉通り彼らが可愛くて仕方ない、というのがありありと浮かんでいる。

 そのままいくらかの会話をこなしてから、彼らはようやく就寝した。火はつけないのか、というロイクの質問は「目印になる」という〝先生〟の一言で返され、周囲は暗いままである。だが、区切りのない月や星々の光があったため子供たちは不安を覚えることなく、疲れも助けて少ししたら寝息を立て始めた。

 それを確認してから〝先生〟は子供たちの中心から抜け出し少し離れた場所までやって来る。腰の袋から取り出したのは使い古した感の漂う携帯通信機だ。いまだ軍や政府でしか使用されない代物であるが、太い指は器用に画面をいじり、コール音が鳴り出したら耳に当てた。通信がつながったのは六回目のコールが始まる直前。懐かしい声の主に呼びかけると、〝先生〟は旧交を温めるよりも先に現状の説明と迎えを頼んだ。

『――デルヴィア地区だな。分かった、足の速い飛翔(ひしょう)艇(てい)を、最悪明日の七時にはそっちに着くように飛ばす。〝虹〟のマークがでっかく入ってるのなら向こうも手出し出来ないだろ』

 通信の主は快諾するどころかさらに上を行く気遣いを見せる。〝先生〟はくっと喉を鳴らして相手に礼を述べた。それに短く答えると、通信の主は声のトーンを少し落とす。

『ところで、お前がそこにいるってことは、噂は本当だったんだな。……その六人の中に、ビセンテはいないんだな……』

 質問ではなく、確信の言葉。〝先生〟は寂しげな笑みを浮かべて無言を返した。決して表情は見えないが、その無言の返答を確かに受け取った通信の主は小さく「そうか」と呟く。

『じゃあ、次はちゃんと守ってやらないとな。任せろ、ちゃんと生活は支えてやる』

 また声のトーンを上げると、通信の主は笑って「老後も任せろ」と茶化した。〝先生〟もしんみりとした空気を払うように手を動かして笑い返す。

「そこまでお前に借りは作らねーよ。ああ、ただ、もう一個頼まれてくれ。多分あいつら全員<rナテュール:、、、、、>だ。一応能力(タラン)は制御出来てるみたいだが、まだガキだからな。何の拍子に暴走するか分からん。制御装置は持ってきておいてくれ。どれだか分からんから護、技、力、知、療、速の全部だ」

 この数時間で確信した事実を、〝先生〟はそのまま口にした。もし間違っていたなら笑い話にすればいい。だがもし力(、)を暴走させてしまったら目も当てられない。〝先生〟の真剣な声に通信の相手も真面目な声で応じる。

『ん、そうか。そりゃ連中にとっても逃がすのは惜しい実験体だろうな。分かった、どうやら俺の優秀な右腕がすでに出発準備の命令は出してくれてるみたいだし、緊急灯つけて直行させる。それまで死ぬなよ』

「分かってる。頼んだぞ、リオネル」

 通信を切ると、〝先生〟は空を仰いで長く息を吐き出した。通信の相手は優秀な人物だ。きっと彼が告げた時間よりももっと早くに迎えは来るだろう。それまで耐え抜けば、今度こそ守りぬける。<r今度こそ:、、、、>――。

「……明日は早いって言っただろう、ロイク」