[短編]魔女と大鎌
瞬間。
大鎌が食い込んでいた少年の身体が消し飛ぶ。
大鎌が共鳴するかのように、『ォォオオオ』、と慟哭し、そのままの位置で浮遊する。
わたしは大鎌を手にする。
「苦しいでしょう? ね、だから殺してあげる」
唸りを上げて大鎌が青年に襲いかかる。
真っ二つに身体が切断された。
大鎌はなおも泣き叫ぶように低いうなり声を上げている。まったく、なんて耳障りな音なんだろう。
まるで人間の悲鳴のようじゃないか。人殺しの道具のクセに、そんなに斬るのがイヤなのか。
耳をつんざくような、少女の悲鳴。
わたしは無視して、大鎌を屍の上にかざす。
すると、例によって大鎌は慟哭とも断末魔ともしれないうなり声を上げて、部屋中に散乱した血と肉と骨を吸収していく。
部屋のそれを片付けると、少女が放心したようにぼうっとする。
それも致し方ないことだ。
このクレセントサイズに魂を吸われた者は、その存在そのものを吸収されることになる。
それはすなわち、少女の記憶の中からも、存在を奪うことに他ならない。
少女は滑稽なほど、呆然として、その後に、また悲鳴を上げた。視線の先には、血塗れのわたしと、リビングのドアのところに横たわった女の死体がある。
わたしはつかつかとそちらを向かうと、吸収し、玄関先に倒れた男も吸収した。
これで少女からは、この事件と家族の記憶が消え去った。
少女はわたしの姿を認めると、きゃっ、と小さく悲鳴を上げた。わたしが、少女と同年代に見えるせいか、驚きはそれほど大きくはなかった。
「だ、だれ・・・・・・?! すごい血・・・・・・どうしたの・・・」
どうしてか、わたしの身体についた血までは、このクレセントサイズは吸収してくれない。
わたしは、少女に言った。
「これはね、血じゃないよ」
「え・・・・・・、じゃあ、絵の具?」
「うん」
「びっくりしたぁ・・・。でも、それは・・・?」
少女はわたしの手にした大鎌を見て訊ねる。
「これ? これはね・・・・・・」
言いつつ、わたしは少女に魔術を行使する。
「人間の魂を刈り取る大鎌、クレセントサイズって言うの」
「・・・・・・・・・・・・。ふぅん、そうなんだ。それで、きみは誰?」
魔術によって無理矢理納得させられた少女は、なおも猜疑の眼差しをわたしに向ける。
「わたしはね、あなたの父と母の知人なの。覚えていない?」
「・・・・・・。お父さんとお母さん・・・?」
「そうよ」
「・・・・・・。ううん、覚えてない・・・・・・。ここ、・・・ここってわたしの家・・・だよね・・・・・・」
少女は不安そうな顔で、辺りを見まわす。
それから、
「わたし、ここに一人で住んでいたの・・・・・・?」
縋るような目つき。
わたしの顔が、笑顔に歪む。
「そう、今までは。でもね、今日からわたしと一緒に来るの」
「きみと・・・?」
「そう」
「・・・・・・そっか。わかった・・・・・・」
少女は寂しそうに、こくりと小さく肯いた。
ああ。
愉しみだ。
今から愉しみでならない。
この少女にいつか、真実を教えてあげよう。
わたしと一緒にたくさん、人を殺してから、それから教えてあげるのだ。
悲しみと怒りに打ち震えたこの子を、殺すとき、いったいどれだけ気持ちがよいだろうか。
家の外は不思議と静かだ。
わたしは笑顔のまま、少女の手を引いて外に出る。
すると、玄関の外には一つ、人影が。
「やあ、どうやらもうこれは必要ないようですね」
立っていたのは、マスターの使者。忌々しい『奴』だ。
手にした青い光を放つ宝石のような物体。
魔女が“マナ”を補充するために必要だとされていたもの。
「・・・・・・。」
確かに、あれだけ魔術を行使したというのに、“マナ”が減少した感覚はない。むしろ増加したような気さえする。
「あなたは本当に優秀ですよ。ふつう、こんな短期間でマスタークラスになれることなんてないんですからね」
わたしは奴の言葉には答えず、こう言った。
「この子を魔女にしたい。どうすればわたしの身体から“マナ”を引き出し、この子に移せる?」
奴は意地悪く、にやりと笑い、
「ええ。助手がいれば、魂を集めるのにもなお効率的ですからね。いいでしょう」
奴は、『では“マナ”を引き出す法をあなたに授けましょう』と言って、わたしに向かって手の平をかざした。
奴の手の平に“マナ”が集中し、次の瞬間、わたしの頭の中に“マナ”を自分の体内から引き出す方法が流れ込んできた。
わたしはそれを確認すると、奴にはなにも言わず、隣の少女へと視線を向けた。
少女は些か怯えたように、いくぶん上目遣いにわたしを見ていた。
わたしは出来るだけ残酷に、優しく微笑みかけた。
少女は安心したように、へらっ、と破顔する。
「それはそうと」
奴が口を挟む。
「弟さんの具合、良いようですね。なによりです。なによりです」
例の皮肉か。
わたしは歯牙にもかけず、その場を立ち去る。
まだまだ、この夜は始まったばかり。
わたしは、かづきを助けるため、人を殺すため、夜の街へと踏み出す。
この少女が一緒なら、きっと愉しい。そうに違いないのだ。
まずはこの少女を、魔女にしてあげよう。
すべてはそれからだ。
わたしは奴に背を向けて、少女に“マナ”を授ける。
最後にわたしの目に映った奴は、気味悪いほどわたしの大鎌を見つめていて、しきりにこう呟いていた。
『弟さんの具合、良いようです。なにより。なにより』
大鎌が慟哭を上げる。
夜の闇へと、それは悲鳴のように、響き渡っていく。