「舞台裏の仲間たち」 66~67
「慢性の白血病の診断を受けたという話は、既に知っていると思う。
いままでの鉄鋼業をやめて、実家に戻って百姓をするという決意もした。
皆目先の分からない治療の世界だが、
根負けをせずに頑張ろうとは思っている。
この先の人生設計と言うか、生き方と闘病生活については
とりあえず、そんな風に腹を決めた。
誰にも迷惑をかけるわけにもいかないし、俺一人で頑張ろうとは思うが、
まだ自信もなければ、それをクリアするであろうという勇気も
実はまだ無いままだ。
しかし、お前には、すでにまる10年も苦労をかけてきた。
この先でも面倒を見てくれなんて言えないさ、
いままでだって充分に辛かったのに、
この先さらに辛い思いをしてくれなんていまさら言えた義理じゃない」
「辛かったのは、あなたも一緒です。
10年間で手に入らなかったものを、あと10年かけて取り戻すために
私も桐生に戻ってくることを決めました」
「戻ってくる?
しかし、後10年も俺の命が持つという保証はどこにもない」
「わたしの命を削ってでも、私がきっと、あなたを守ります。
10年どころか、20年でも30年でも私があなたを守り通します。
あなたと二人で本当に幸せになるまで、わたしはあなたを生かします。
あなたは全力で病気と闘ってください。
わたしが精一杯にささえます。
あなたに精いっぱいに病気と闘ってもらうために
私はそのために戻ってきました。
そのためにも、あなたのそばに戻りたい」
「実家にもどれば、今まで以上の針のむしろだ」
「承知のうえです」
「農家の仕事だぞ。 楽じゃないし汚れるし、
そのうちには、大嫌いな俺の親父やお袋の老後の世話もするようだ」
「覚悟しています」
「お前の気持ちは充分に嬉しいが、俺は何もしてやれないかもしれない。
辛いし苦しいだけだろうし・・・・」
「座長、もう観念しろ」
小山君が立ちあがりました。
座長の肩に手を置くと、そのままちずるの前へ突き出します。
「もってけ、ちずる。
こいつは一生、お前のもんだ。
死なせるんじゃないぞ、病気と闘わせていつまでも長生きをさせろ。
たしかにこれから先は、そいつがお前の仕事になる。
しかもお前が、一生をかけるだけの値打ちの有る大切な仕事だ。
座長が何と言おうが、俺たちもしっかりと後押しをする。
死なれたらお前も困るだろうが、それ以上に俺たちや劇団も困っちまう。
そうだろう、みんなも。
座長、ちずるを迎えてやれよ、気持ちよく。
こんな良い女はめったにいねえ、一生かけて大事にしてくれ。
座長、絶対に死ぬんじゃねえぞ、ちずるのためにも
みんなのためにも」
ふぅん、なかなかに良いとこあるんじゃん、小山にも・・・・
時絵が目頭をそっとぬぐいながら、ぽつりとつぶやいています。
(68)へ、つづく
作品名:「舞台裏の仲間たち」 66~67 作家名:落合順平