「舞台裏の仲間たち」 64~65
「時絵が桐生を去る前に、私たちは一度だけ真剣に話し合いました。
後にも先にも、二人で真剣に話し合ったのはその一回だけです。
時絵は、座長とは愛し合う事は出来ても
一緒には、おそらく暮らせないだろうと言い切りました。
私は尽くすことができない女だから、
きっとそのうちに座長を支えられなくなる。
座長に必要なのは、尽くしてくれる女で、
私のように、尽くされることが好きな女には、
とても重くて背負えないからと、笑っていました。
座長も甘えん坊で、私も甘えん坊、甘えん坊同士でも恋はできるけど、
夫婦になんか絶対になれないと、そう言い切るんです。
今回のことでも、また時絵から電話がありました。
いまからこそ貴女が、もう一度しっかりと支える時だって。
それからもうひとつ・・・・
感謝しなければならないことがあるのよ」
もうひとつ? と、レイコがちずるを見つめます。
順平の茶碗も、呑みかけていた口元でピタリと停まってしまいます。
縁側から戻ったちずるが、笑顔でレイコの傍へすわります。
「レイコちゃん、あなたの笑顔。
時絵がどうしても見せたかったのは、きっとあなたの笑顔だわ。
離婚をしたその随分と前から、確かに私は、
あなたのように笑ってなんかいなかった。
心から笑うその笑顔を、いつのまにか忘れてた・・・・
優しく笑うと言うことが、どんな雄弁な言葉よりも
ひとの心を開いてくれるということを、いつの間にか忘れてた。
後輩のあなたを、道端で待っていたときに
ドアを開けてあなたが笑顔で飛び出してきた瞬間に、
私はそれにやっと気がついた。
やっぱり笑顔が一番だよね・・・・
笑えないと言うことは、私がいつの間にか自分の心を
締め切っていたせいなの。
気が付いたら、鬼が私の中に棲みついていたもの。
女の武器だって、本当をいえば笑顔だもの、
それをいつのまにか捨て去って、涙ばかりを使っている自分に気がついた。
どんな時にだって笑顔は必要なの。
こんな嫌な役目を笑顔で引き受けて、
笑顔でやって来てくれる後輩がいたなんて
私はつくずく、幸せ者だと思った。
それを思い出させるために、時絵があなたを選んだの。
あれこれつまらないことを考える前に、
まずは一度だけでいいから、心から笑ってみる努力をしなさいって、
そう言いたかったのよ時絵は。
また、時絵に助けられたわね・・・・
そして、レイコちゃんあなたにも。
いつでも笑顔が一番だもの、
泣くだけだったら、女はいつでも泣けるしね」
(66)へ、つづく
作品名:「舞台裏の仲間たち」 64~65 作家名:落合順平