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『愛情物語』 ノクターン第2番 op.9-2 (ショパン)

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「今日はすまんかったな、サエが行きたがってた須磨に行けんようなって」
 冴子は展望台に立って、赤く燃えているような雲や、大阪湾に浮かぶタンカーや客船、運搬船、小さな漁船などの、いろいろな形をした船を眺めていると、滋が近付きながら声をかけてきたので、振り向いて言った。
「しゃぁないわ、仕事、一生懸命頑張ってもらわな。そやけど絶対近いうちに行こ。ペンギンが外を散歩する時間があって、触れるねんて。そや、海遊館でもええよ」

 滋は笑みを浮かべている。
「でぇ〜、今日のこと、ご両親は知ってるんか?」
「うん、まあ・・・母は楽しんでらっしゃい、って。血の繋がりがないさかい、気安うゆうてるんかもしれんけど」
「で、お父さんは?」
「・・・言えんかった。多分、母さんが伝えてると思うけど。この前、滋さんが挨拶に来てくれはった時、えらい剣幕で怒ったやろ。あの後もね、冴子にはワシが選んだ医者でないと認めん、て。えらい古臭いこと言うんやわ」
「フーッ、そっかぁ」

 冴子の父高科保は、池田市で自宅と棟続きの『たかしなレディースクリニック』を経営している産科医である。
 生みの母は、冴子が3歳の時に交通事故で亡くなり、小学生になった頃、今の母君子がやって来た。
 一人っ子の冴子は医学には興味はなく、幼少時に音感に優れていることを見い出されたことから音楽の道に進み、大学在学中から自宅でピアノを教えている。

 小塚滋は、冴子が大阪芸大で親しくなった小塚麻由の4歳上の兄で、職場に近い、大阪市北区のワンルームマンションで一人暮らしをしている。神戸にある家に冴子がよくやって来たことから親しくなり、卒業するのを待って先月、ようやく冴子にプロポーズをした。
 冴子の父に会う時には、心臓が口から飛び出しそうなほど緊張していた。それでもまさか、あれほどの剣幕で反対されるとは、思ってもいなかったことである。ほうほうの態で辞去するしかなかった。
 母の君子とは数度会っており、その日も始終ニコニコして、「冴ちゃん、ええ人を見つけたね」と喜んでいたのだが。

 残照がすっかりと消え、陸地の光の帯は大阪湾をくっきりと際立たせている。瀬戸内海を挟んで淡路島のシルエットが浮かび上がり、沖に停泊している船は光を点滅させていた。時折、関西空港から飛び立った飛行機からの点滅が、それらに加わってくる。
 古くから言われ続けている『100万ドルの夜景』の素晴らしさに息をのんで、滋を見た。
「滋さん、素敵な誕生日プレゼント、ありがとう」
 滋は照れから、そっけなく返した。
「ァあぁア、腹が減ってきたぁ〜、そろそろ行こか」
 冴子は滋の腕にもたれるようにして、ホテルの方に向かった。