「舞台裏の仲間たち」 60~61
集中治療室での胃洗浄を終え、個人病室に移された雄二は、
天井を見上げながらぼんやりとしています。
レイコがドアを開けた瞬間、赤ん坊を抱いた奥さんが気配を感じて立ち上がります。足音を忍ばせて入室したレイコは手を差し伸べて、奥さんの腕から
赤ちゃんを、そっと受け取ります。
至近距離に顔をよせて、小さな声で挨拶などを交わします。
「余り、長い時間にならないようにね」やわらかく赤ちゃんを抱いたまま、
すれ違いに病室を出る瞬間、レイコが順平に耳打ちをします。
胸元に抱いた赤ん坊の顔をチラリと順平に見せながら
「もうすこしで一歳になる女の子ですって、可愛いわねぇ~」
とゆっくりと出て行きます。
レイコの後を追うように、丁寧に頭を下げた奥さんも廊下へと出て行きます。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
奥さんが掛けていた椅子を目ですすめながら、
雄二が先に口を開きます。
「どうかしていました・・・・
工場も閉鎖になるっていう話を聴いてから、
やりきれずにビールを呑んでいるうちに、いつのまにか睡眠薬も
気がついたら、多量に服用していました。
なんでそんな風になったのか、前後の記憶もあいまいなのですが・・・・
魔がさしたとしか思えません」
「元気そうなので、実は、ほっとしたよ。
来る間にもレイコに、説教をされちまってね。
正直、どんな顔をして病室に入ろうかとずっと病んでいたんだ。
可愛い赤ちゃんや嫁さんも居るというのに、
あまり無謀をするなよ、
びっくりした」
「今、振り返ると地獄のような2か月でした。
なんとか切り抜けようと毎晩遅くまで、必死に頑張ったのに
社長が居なくなり、工場も駄目になってしまったあの瞬間に
張りつめていたものがいっぺんに崩れてしまいました・・・・
順平さんには、毎晩手伝ってもらって支えてもらったというのに、
思いもかけずに、こんな事態を引き起こしてしまいました。
どうにも面目がありません。」
肩を落とす雄二に、順平がほほ笑みます。
「とりあえず退院をしたら、何も言わずに私の会社を訪ねてくれ。
今の俺に出来ることと言えば、
君の再就職を支援することくらいだ。
うちでも優秀なMC(マシニング)機のオペレーターを募集中だ。
君なら申し分が無いだろうし、なんとかしたい。
早く退院して一緒に働らこう、
待ってるよ。」
「・・・・順平さん」
「可愛い女の子だね。
奥さんのためにも、もう一度頑張る必要が有る。
あとでゆっくりと話そう。
とりあえずは、ゆっくり休んで休養をして、
元気を取り戻すのが先決だ」
雄二の肩をひとつ叩いてから、順平も病室を出ます。
廊下ではレイコが、目を覚ましてしまった赤ん坊を嬉しそうにあやしています。
部屋から出てきた順平を見て、奥さんが何か言おうとするのをレイコが目で止めます。
赤ちゃんを手渡しながら、レイコが奥さんの耳元でなにかを囁やいています。
うなずいている奥さんにもう一度会釈をしながら、レイコが『お疲れ様』とだけ声をかけて、静かに順平の背中を押します。
(62)へ、つづく
作品名:「舞台裏の仲間たち」 60~61 作家名:落合順平