「舞台裏の仲間たち」 59
機内へ持ち込み用の手荷物検査が終了したころに、貞園がやってきました。
1979年の2月に開港したばかりの、この中正国際空港は、
中華民国の初代総統である蒋介石の名前を冠した新国際空港で、機内のアナウンスなどでは「蒋介石国際空港」と紹介をされています。
広いロビーを挟んで、真新しい免税店や飲食店などが軒を連ねています。
住所と電話番号を書いたメモ用紙を手渡すと、
貞園は四隅をきちんと合わせて、丁寧に2つ折りにしてから
ポケットにしまいこみます。
並んで座った窓際のカフェの大きなガラス越しには、
離陸のために滑走路を静かに移動をしていくいくつもの機影が見えます。
「上野駅から、一本だけ桐生駅終着の特急電車があるのね。
一日に、たったの一本と言うのも凄いわね・・・・
行けるといいなぁ、順平の町に。
あなたが書きあげると言った、黒光の舞台も是非見たい。
本気で考えようかしら、留学を」
「例の女性評論家の、金美齢にも誘われたんだろう。
おいでよ是非。
黒光や碌山の故郷、安曇野の大自然も素敵だよ、
大歓迎で、君を案内してあげる」
「恋人として?
それとも、台湾の妹として?
まあもういいか、あまり順平を困らせても可哀想だし・・・・
もう行きましょう、搭乗案内がはじまるわ」
ターミナルの3階に有る出国審査に向かう通路で貞園がまた、
立ち止まりました。
その先の階段を上がれば、出国のための通路が始まりその奥には搭乗ゲートでの別れが待っています。
「ローマの休日では・・・・
愛し合った王女と新聞記者は、階段をはさんで
静かに目と目をあわせてお互いの心だけに分かる、お別れを交わした。
でも、台湾流のお別れは、映画とはすこしだけ違うわよ。
来て 」
貞園に強い力で引かれたまま、階段には背を向けた位置に有る
大きな柱の陰に連れ込まれてしまいました。
通路を行きかう人たちの目を遮り、正面には整備中の飛行機しか見えない空間です。目を閉じた貞園が、右の頬へ、ついで左の頬へと軽く唇を触れます。
「目を閉じて居てね」そうささやいてから、今度は静かに唇を重ねてきます。
長い時間をかけての貞園のキスがつづきました。
「私をわすれないでね。
きっと貞園は、いい女になってから会いに行きます」
一度、唇を離した貞園が、私の瞳をまじかに覗き見るともう一度、
ふたたび目を閉じて、ゆっくりと唇をかさねてきました。
※中正国際空港は2006年に「桃園国際空港」と改称されました。
第二幕 ・完・
作品名:「舞台裏の仲間たち」 59 作家名:落合順平