コメディ・ラブ
優しさ
携帯の鋭いアラーム音が鳴り響き、事務所のソファから落ちて目が覚めた。
「……もう撮影に行く時間か」
ずっと同じスケジュールをこなしている義信も目を半分開け、げっそりとした表情で部屋に入ってきた。
「行きましょう」
義信が運転する車の後部座席で栄養ドリンクを飲む。
窓に目をやるとようやく街灯の明かりも消え、街が明るくなり始めてきている。
義信が思い出したように喋り始めた。
「そういえばさっき連絡が来て、来週の土曜日午後から半日オフになりそうです」
「……へぇ」
右から左に抜けていきそうになるのを俺の左耳がなんとか止めた。
「本当か!?やった!!」
最初に思い浮かんだのは、ようやく体を休めることができるだった。
けれども次に思い出したもっと大事な用事があった。
そういえば、最近メールも電話も何一つしていない。
あいつが今何を考え、何をしているのかも全くわからない。
いくらお互いに信じあってると言ってもこの状況はまずい、俺の生まれ持っての恋愛センサーががそう言っている。
義信にもう一度確認をとる。
「……土曜日の午後だよな?」
「はい。あっ日曜日の朝も少し遅めに集合になるように交渉しときますね」
「……いや、いいよ!」
義信が余計な気遣いをしようとしていたので、慌てて断った。
義信が赤信号で止まるのと同時に振り向いた。
「どうしてですか?」
「お前……俺を簡単に泊まっていけっていう不誠実の塊みたいな男だと思ってたのか」
「えっ、だって前KKBの美咲ちゃんと知り合ったその日に……」
俺は昔の自分にアッパーをくらった。
「……思い出したから、それ以上言うな」
信号が青になり義信が車を再び走らせた。
「でも晃さん余計なお世話かもしれませんが、美香先生も泊まってけって言われるの期待してると思いますよ」
「……それはない、と思う」
「そうですかね……」
義信はそう言うとスタジオに着くまで一言も喋らなかった。
美香からは不思議と男の匂いがしない、多分今まで誰とも付き合ってこなかったんじゃないかと思う。
だからこそ余計に、もしここで美香に手を出したら俺は不誠実の塊のような気がする。
しかし、女ってやつはわからない。
俺の予想とは別にとんでもないあばずれ女だったらどうしよう。
それはそれでいいかな。
想像すると面白くて笑いそうになるのを堪えた。
トニーに入るといつものおっちゃん達に好奇の視線を向けられたのがわかった。
気付かないふりをして、席に座る。
先に来ていた佐和子とてっちゃんもそれに気がついていた。
てっちゃんが私の肩を思いっきり叩く。
「おい、美香あんまり落ち込むなよ」
「ああ、あの話ね。寝不足でイライラして冷静に聞けなかった。自業自得だ」
「お前が尻軽だとかあることないこと村中に言いふらしてるぞ」
「美香ちゃんのこと教育委員会にも電話したみたいでね」
私は大きくため息をついた。
「月曜日、県の教育長から事情を聞かれるって」
「美香ちゃん大丈夫よ。一応ってことだからね」
佐和子がフォローする。
てっちゃんが皿のチーズをすべて手づかみし、口に放り込んだ。
「まあ村は安心しろ。」
「どういうこと?」
「まさかあの晃さんが美香なんかを相手にするわけないって言ってる人多いぞ」
「俺もあいつに限ってないでしょって笑っておいた」
優しい言葉に涙をこらえた。
「それはそれで腹立つな」
そう言って私も負けじとサラミをすべて掴み口につっこんだ。
「みんなそう思うわな」
「だって美香ちゃんだもん」
そういい二人は笑っていた。
てっちゃんも佐和子も口ではそう言いながらも心配そうに私を見ていたのが余計につらかった。
その時私の携帯が鳴った。
予感がした。あいつからだ。
慌てて携帯を持ち店の外に出た。
「もしもし、うん、まあ元気」
「別にいいよ」
「来週の土曜日?行くよ、うん。うん。じゃあね」
外は風が強くて寒かった。
二人の前では堪えていた涙が自然と流れてきた。
「よかった、忘れてなくて」
こんな電話一本で今までの不安が不思議と消えていった。
本当に私は馬鹿だと思う。狂ってる。
でもこのたった1本の電話が死ぬほど嬉しかった。
作品名:コメディ・ラブ 作家名:sakurasakuko