コメディ・ラブ
冷静に
欠伸をこらえようと窓の外に目をやると銀杏が木から落ちる瞬間を見てしまった。
相も変わらず、よっちゃんのお母さんがハンカチで目頭を押さえ嗚咽をもらし、取り巻きのお母さん2人が肩をなんとか支えている。
寝不足の私は段々と我慢ができなくなってくる。
冷静に冷静にと思う程、熱くなっていくのがわかった。
できるだけの笑顔を作り言った。
「それで今日はどのようなご用件ですか?」
「……だからよっちゃんが」
「よっちゃんがどうしたんですか?」
「……夜遊びをしてるんです」
よっちゃんのお母さんがまた嗚咽を漏らした。
「夜遊び……詳しい事情をお聞かせ願いたいんですが」
嗚咽をもらしている本人に代わって取り巻き達が説明しだした。
「子ども達が夜中、家をこっそり抜け出して公園とか駅に集まってるんです」
「うちの子の後をつけたら3人で集まって、虫の観察会やカードゲームして遊んでました」
「台風の夜も出かけた形跡があったの。あんな危ない日にでかけるなんて……」
とうとう左右のとりまき達も嗚咽をもらし始めた。
外で風邪が吹き落ち葉が一斉にまきあがった。
なんとか荒くなった呼吸を整えようと小さく深呼吸をする。
「なんとかしなさいよ。担任でしょ」
けれどもこの一言で何かが吹っ飛んだ。
「そういうことはまずは家庭で指導してもらった方がいいかと思うんですが」
中央の嗚咽が急に止まり、よっちゃんのお母さんが顔を上げる。
「何言ってんのよ。子どもが帰ってきて安らげるのが家庭の役割よ」
左右二人も加勢する。
「そうよ、母親が子どもに嫌われたらどうやって生活していくのよ」
「子どもも産んだことないくせに」
「私は確かに子どもはいませんが、甘やかすのと甘えさせるのは違うと思いますよ。しっかり子ども達と向き合って下さい」
「何よ!わかったような口利いて」
「そうよ子ども一人育ててから言いなさいよ」
「そうやってなんでもかんでも他人のせいにしてるから駄目なんですよ!自分が母親としてするべきことわかってますか!」
「何ですって!」
校長室に野次馬が続々と覗きに来ているのがわかった。
後ろで「校長先生呼んで来い」って叫び声が聞こえた。
しばらくのこう着状態の後、左の保護者が喋り出した。
「せっかく黙っててあげようと思ったのに……私見ちゃったのよね。台風の翌朝、晃さんが朝美香先生の部屋から出てくるの」
意外な攻撃に一気に熱が冷めていく。
周囲がざわついているのがわかる。
「信じられない。晃さん誘惑して無理やり家に連れ込んだんでしょ。もう信じられない」
「女としてもそうだけど、教員としての適正も疑うわ!」
「もう一回教育委員会に言って担任変えてもらいましょう。こんなあばずれ女じゃ子ども達の教育上よくないわよ!」
私は何をやってるのだろう。
あいつのことも、保護者相手に喧嘩してしまう自分も全て思うとおりにいかない。
何だか自分が自分ではないみたいだ。
頭の中から蒸気が急速に抜けていくのがわかった。
作品名:コメディ・ラブ 作家名:sakurasakuko