コメディ・ラブ
そういうことじゃねえだろう
夏休みも残りわずかになり、少しずつ学校は新学期準備で息を吹き返してきた。
かかぼちゃも花をつけ終え、小さな実がいくつか葉の影から顔をのぞかせている。
まだ世間一般では猛暑とよばれる程暑いようだが、ここでは太陽が沈み、夕方になると半袖では肌寒く感じる。
私は久々に出してきたジャージを上に重ね、学校を後にした。
トニーのドアを開けて入ると、おばちゃんの威勢のいい声が聞こえてきた。
奥の席では地元のおっちゃん達がナイターを見ながら盛り上がっている。
カウンターにいる佐和子とてっちゃんの隣に座った。
「美香ちゃん東京のお土産は?」
「はい、これ」
私は佐和子に東京銘菓のひよこを渡す。
佐和子はうっとりした表情を浮かべ、大事そうにひよこを抱えた。
「美香ちゃん、ありがとう。……肝心の晃さんとの再会はどうだった?」
「うん、まぁ」
「晃さん、元気だったか?」
てっちゃんがサラミを箸で一気にかっさらって口に入れた。
「……多分、元気だったと思うかな」
「多分って何だよ、多分って」
「忙しいみたいで、3時間くらいしか会ってないし……よくわかんない」
「やった!逆転フォームラン」
誰かがフォームランを打ったようで、一気に奥の席は盛り上がった。
フォームランを誰より喜びたいはずのてっちゃんが、慌ててフォローを入れてくれた。
「晃さん、今NH3の朝ドラでてるからな。あれ、朝から晩まで撮影してるらしいぞ」
「……うん」
佐和子が突然、ひよことひよこのくちばしをくっつけた。
「美香ちゃん、大丈夫。愛する人を信じてればね」
ここは大通りに面しているので、朝から晩まで騒がしい。
それに晃さんのファンが時々やってきているのか、いつでも女の子の声が外から聞こえる気がする。
晃さんが隣の部屋で仮眠している間、事務所に送られてきている履歴書の整理をしていた。
こいつはアリかな。
こいつはナシ。
俺は面接会場にいる気分になってきた。
「芸能界というのはね、気持ちだけでは通用しない世界なんだよ。99%の努力と1%の運だ……ちっちっちっ、そんなんじゃ無理だよ。君は俳優には向いていないね」
勿論今俺がしているのはアイウエオ順に並べる作業であって選考ではないのだけれども。
「お前偉くなったな」
慌てて後ろを振り向くと、社長がタブレットを持ち立っていた。
「いつから芸能界を語れるようになったんだよ!この馬鹿ものが!」
学生の頃の卒業式の練習並みに深々と頭を下げた。
「すいませんでした」
社長は不機嫌そうに腕を組み首を鳴らした。
「義信、ところでこれどういうことだ」
社長がタブレットを差し出す。
画面を見ると若い女の子がツイッターでつぶやいていた。
晃発見!付き人と打ち合わせ!という言葉と、ご丁寧に晃さんと美香先生がが喫茶店でお茶している写真まで乗せられていた。
「あっ」
「おい、この女誰かわかるか?」
俺はこの事務所に入社して4年、社長がどれだけ晃さんのことを考えているかもよくわかっている。
迷った末思い切って打ち明けることにした。
「美香先生っていって小山村の小学校の先生です。真剣に付き合ってるみたいなんで、今回は大丈夫だと思います。多分」
けれども社長は、また腕を組んだまま黙ってしまった。
「多分、もう8股もかけないと思いますし……」
部屋が静まりかえり道路を走る車の音だけが聞こえている。
「……そういうことじゃねえだろ」
社長はそれ以上何も言わず黙って部屋を出て行ってしまった。
作品名:コメディ・ラブ 作家名:sakurasakuko