夢をつなぐ
私はあの日あった出来事を、決して忘れることはないだろう。
それは私が五歳の時の事。
凄い選手が世界から帰ってくるから見に行く、と両親が私を近くのスタジアムに連れていった時のことだ。 どうやらその日はスタジアムでその凄い選手がサッカーのプレーシーズンマッチのために帰国し、試合をする日だったらしい。
私はわけも解らず連れていかれた挙げ句、スタジアムで迷子になってしまった。
両親と手を放した瞬間だった、あたりには両親の姿は見えなくて、見えるのは背の高い大人ばかり。
お母さん!! お父さん!! と喚き泣いて、独り大声で呼んで歩いていたのだけど、どこも見当たることは無かった。
周りには人の姿はなくて途方も無く、歩き疲れ、そのままそこに座り込んでしまった。
あたりは次第に多くの人の声や地響きでのすさまじい音が鳴り渡っていり、私が不安になっていたそのときだった。 その人と出会ったのは。
「おう、どうしたぃ? こんなとこで座り込んじまって」
突然だった。
体育座りで座り込んでしまっている私と同じ目線の高さまで落とし、ニッコリと笑顔で私の顔を見てくれている若いお兄さんが話し掛けてくれたのだ。
そのお兄さんはとても若くて、髪がつんつんしていて、ハンサムだったことを私は覚えてる……じゃなくて!!
黒くて赤いラインのような模様のジャージを着ていて、なにやらスポーツをする格好のようだった。
「迷子にでもなっちまったか?」
優しいお兄さんは、そのまま手を、ポンっ、と私の頭に軽くおいてナデナデしてくれた。
座り込み、泣きつかれていた私はその言葉にうんも言わず頷いた。
「あ~、なんつーかさ。
女の子が泣いちゃいかんよ。
男は女の子の涙に弱いんだから」
「……おかあさんとおとうさんとはぐれちゃったの、がんばって、おおきいこえでよんだんだけど、きこえなくて
。
誰もいなくて」
またも悲しさと悔しさが込み上げてきて泣きそうになってしまった私。
でもそんな私をそのお兄さんは笑って、
「まぁなあ、ここ関係者以外立ち入り禁止の場所だし、誰もいないしなぁ。
お父さんやお母さんは遠いとこにいて、声がかきけされちまって、聞こえなくてもしょうがねぇわな」
私を肩車してこういった。
「俺もしょっちゅうそういうことになるぜ。
プレーに集中して監督の声が聞こえないこともある、観客の声で聞こえないこともある。
でもその度に自分で考えて、動いて、何とかするしかない。
そう、いまのお嬢ちゃんみたいにな。
お嬢ちゃんは立派だぜ? 俺でも中々難しい”考えて動くプレー”を出来ちまってるんだから。
だから泣かないで胸張りな、大丈夫、兄ちゃんも手伝ったるよ」
そしてお兄ちゃんが私を肩車しながら、両親を探しはじめてくれてから10分ほど。
私は無事に両親と再開することが出来た。
私の両親は感謝すると同時に感激した様子で、そのお兄ちゃんに握手を求めていた。
そして
「これをやるよ、俺がガキの頃につけてたブレスレットだ。
今日みてぇに不安になったら、そいつを見て諦めないようにしてほしい、ただの願望だがな。
まぁなんにせよ、お嬢ちゃんの未来の可能性は無限だ、がんばりーよ」
そのままかっこよくさっていくお兄ちゃんなのかと思えば、お兄ちゃんと同じようなジャージを着ていたおじさんにしかられ、引っ張って連れていかれた。
事なきを得た私達家族は無事に試合を見ることが出来た。
私はスタジアムどころか、サッカーの試合を初めて見たが凄かった、当時、幼かった私にも解るほど。
空いている席などないのではないかと言うほどに入りきった観客の数、一方のチームの色に染まった観客席。
選手たちが入場してくると観客は大きな声援、応援歌、熱気で出迎えた。
試合が始まれば、素晴らしいプレーには観客が沸き上がり拍手、軽いプレーに対しては大きなブーイング。
凄かった。
お父さんは、プレーシーズンマッチでここまで盛り上がるのは珍しい、流石は海外のトップチーム同士の試合だな、と感動していたようだった。
私は周りの盛り上がりに飲み込まれそうになっていた。
でも一瞬にして私を虜にしてしまった選手がいた。
背番号九番の選手だ。
その選手がボールをもつと観客が一気に沸き立った、そして魅了されてしまった、私のように。
時にはフィールド中央まで出てボールを触って前線に走る。
時にはロングボールに反応して相手のゴールに迫る。
時には自分の陣地まで戻り、敵の2メートルを超える選手と競り合う。
当然、前線でもポストプレーもする。
どれも今思えば凄いことだ。
プレッシャーの激しい世界のサッカーで、中盤まで下がり、ボールをキープ出来る。
足の早いサイドバックの後ろからスタートし、そのサイドバックすら置き去りにしチャンスを作れる。
体格で劣ると言われつづけてきた日本人選手が世界の選手と競り合い、そして勝てる。
すべて日本人選手に足りないと言われつづけてきた能力を、背番号9番の選手、私を助けてくれたお兄ちゃんは持っていた、そして誰よりも上回っていた。
けど、当時の私はそんなものよりももっと凄いところに惹かれていた。
とはいえ、私が見抜いたわけではなく、お父さんの受け売りだが。
ディフェンスに囲まれていようが、競り合っていようが、体制を崩していようが、見逃さない視野の広さ。
日本人にはとても習得不可能とまで言われる、ブラジルに似た独特のリズム感のあるドリブル。
そして、全てのプレーを可能にし、素早いシフトウエイトに対応出来るバランス感覚と身体のバネ。
スーパースターの集まる中で一際光っていたお兄ちゃんに他の観客からは大きな拍手や声援が送られた。
おそらくそれは同じ日本人だからとか、若いからとかいった意味ではなく、ただ純粋に、だろう。
試合が終わり、私に初サッカー観戦ハットリックを見せてくれたおにいちゃんは、にこやかな表情でMVPインタビューを受けていた。
……もちろん、それも私は忘れてはいないよ?
「○○選手、MVP獲得、ハットトリック達成おめでとうございます」
「いや~、あざます」
「一点目のスルーパスから抜け出してのまた抜きゴール、二点目の個人技でキーパーを抜き去ってのゴール、
三点目のダイビングヘッドでのゴール、あれは全て自分の中でのイメージ通りのゴールだったのでしょうか?」
「ん~、イメージどおりというか、たまたま決めたのが自分だっただけで、流れの中で最後になったのが自分だったってだけですよ。 全員で守って攻めて、ゴールを決める。
全員でつかんだゴールです」
「というと、今日はチームの掲げるトータルフットボールができていたと?」
「って言っといたほうがおいしいでしょ? チームカラー的なものが皆さんに知ってもらえるし、印象的にもいいだろうし、俺もいいこというなぁみたいにね。 なっはっははっは、まさに一石二鳥ってやつですよ、あ、おねぇさん、かわいいですね」
それは私が五歳の時の事。
凄い選手が世界から帰ってくるから見に行く、と両親が私を近くのスタジアムに連れていった時のことだ。 どうやらその日はスタジアムでその凄い選手がサッカーのプレーシーズンマッチのために帰国し、試合をする日だったらしい。
私はわけも解らず連れていかれた挙げ句、スタジアムで迷子になってしまった。
両親と手を放した瞬間だった、あたりには両親の姿は見えなくて、見えるのは背の高い大人ばかり。
お母さん!! お父さん!! と喚き泣いて、独り大声で呼んで歩いていたのだけど、どこも見当たることは無かった。
周りには人の姿はなくて途方も無く、歩き疲れ、そのままそこに座り込んでしまった。
あたりは次第に多くの人の声や地響きでのすさまじい音が鳴り渡っていり、私が不安になっていたそのときだった。 その人と出会ったのは。
「おう、どうしたぃ? こんなとこで座り込んじまって」
突然だった。
体育座りで座り込んでしまっている私と同じ目線の高さまで落とし、ニッコリと笑顔で私の顔を見てくれている若いお兄さんが話し掛けてくれたのだ。
そのお兄さんはとても若くて、髪がつんつんしていて、ハンサムだったことを私は覚えてる……じゃなくて!!
黒くて赤いラインのような模様のジャージを着ていて、なにやらスポーツをする格好のようだった。
「迷子にでもなっちまったか?」
優しいお兄さんは、そのまま手を、ポンっ、と私の頭に軽くおいてナデナデしてくれた。
座り込み、泣きつかれていた私はその言葉にうんも言わず頷いた。
「あ~、なんつーかさ。
女の子が泣いちゃいかんよ。
男は女の子の涙に弱いんだから」
「……おかあさんとおとうさんとはぐれちゃったの、がんばって、おおきいこえでよんだんだけど、きこえなくて
。
誰もいなくて」
またも悲しさと悔しさが込み上げてきて泣きそうになってしまった私。
でもそんな私をそのお兄さんは笑って、
「まぁなあ、ここ関係者以外立ち入り禁止の場所だし、誰もいないしなぁ。
お父さんやお母さんは遠いとこにいて、声がかきけされちまって、聞こえなくてもしょうがねぇわな」
私を肩車してこういった。
「俺もしょっちゅうそういうことになるぜ。
プレーに集中して監督の声が聞こえないこともある、観客の声で聞こえないこともある。
でもその度に自分で考えて、動いて、何とかするしかない。
そう、いまのお嬢ちゃんみたいにな。
お嬢ちゃんは立派だぜ? 俺でも中々難しい”考えて動くプレー”を出来ちまってるんだから。
だから泣かないで胸張りな、大丈夫、兄ちゃんも手伝ったるよ」
そしてお兄ちゃんが私を肩車しながら、両親を探しはじめてくれてから10分ほど。
私は無事に両親と再開することが出来た。
私の両親は感謝すると同時に感激した様子で、そのお兄ちゃんに握手を求めていた。
そして
「これをやるよ、俺がガキの頃につけてたブレスレットだ。
今日みてぇに不安になったら、そいつを見て諦めないようにしてほしい、ただの願望だがな。
まぁなんにせよ、お嬢ちゃんの未来の可能性は無限だ、がんばりーよ」
そのままかっこよくさっていくお兄ちゃんなのかと思えば、お兄ちゃんと同じようなジャージを着ていたおじさんにしかられ、引っ張って連れていかれた。
事なきを得た私達家族は無事に試合を見ることが出来た。
私はスタジアムどころか、サッカーの試合を初めて見たが凄かった、当時、幼かった私にも解るほど。
空いている席などないのではないかと言うほどに入りきった観客の数、一方のチームの色に染まった観客席。
選手たちが入場してくると観客は大きな声援、応援歌、熱気で出迎えた。
試合が始まれば、素晴らしいプレーには観客が沸き上がり拍手、軽いプレーに対しては大きなブーイング。
凄かった。
お父さんは、プレーシーズンマッチでここまで盛り上がるのは珍しい、流石は海外のトップチーム同士の試合だな、と感動していたようだった。
私は周りの盛り上がりに飲み込まれそうになっていた。
でも一瞬にして私を虜にしてしまった選手がいた。
背番号九番の選手だ。
その選手がボールをもつと観客が一気に沸き立った、そして魅了されてしまった、私のように。
時にはフィールド中央まで出てボールを触って前線に走る。
時にはロングボールに反応して相手のゴールに迫る。
時には自分の陣地まで戻り、敵の2メートルを超える選手と競り合う。
当然、前線でもポストプレーもする。
どれも今思えば凄いことだ。
プレッシャーの激しい世界のサッカーで、中盤まで下がり、ボールをキープ出来る。
足の早いサイドバックの後ろからスタートし、そのサイドバックすら置き去りにしチャンスを作れる。
体格で劣ると言われつづけてきた日本人選手が世界の選手と競り合い、そして勝てる。
すべて日本人選手に足りないと言われつづけてきた能力を、背番号9番の選手、私を助けてくれたお兄ちゃんは持っていた、そして誰よりも上回っていた。
けど、当時の私はそんなものよりももっと凄いところに惹かれていた。
とはいえ、私が見抜いたわけではなく、お父さんの受け売りだが。
ディフェンスに囲まれていようが、競り合っていようが、体制を崩していようが、見逃さない視野の広さ。
日本人にはとても習得不可能とまで言われる、ブラジルに似た独特のリズム感のあるドリブル。
そして、全てのプレーを可能にし、素早いシフトウエイトに対応出来るバランス感覚と身体のバネ。
スーパースターの集まる中で一際光っていたお兄ちゃんに他の観客からは大きな拍手や声援が送られた。
おそらくそれは同じ日本人だからとか、若いからとかいった意味ではなく、ただ純粋に、だろう。
試合が終わり、私に初サッカー観戦ハットリックを見せてくれたおにいちゃんは、にこやかな表情でMVPインタビューを受けていた。
……もちろん、それも私は忘れてはいないよ?
「○○選手、MVP獲得、ハットトリック達成おめでとうございます」
「いや~、あざます」
「一点目のスルーパスから抜け出してのまた抜きゴール、二点目の個人技でキーパーを抜き去ってのゴール、
三点目のダイビングヘッドでのゴール、あれは全て自分の中でのイメージ通りのゴールだったのでしょうか?」
「ん~、イメージどおりというか、たまたま決めたのが自分だっただけで、流れの中で最後になったのが自分だったってだけですよ。 全員で守って攻めて、ゴールを決める。
全員でつかんだゴールです」
「というと、今日はチームの掲げるトータルフットボールができていたと?」
「って言っといたほうがおいしいでしょ? チームカラー的なものが皆さんに知ってもらえるし、印象的にもいいだろうし、俺もいいこというなぁみたいにね。 なっはっははっは、まさに一石二鳥ってやつですよ、あ、おねぇさん、かわいいですね」