「舞台裏の仲間たち」 57~58
小高い丘陵地に建つここからは、淡水の海が一望できます。
大きな窓ガラスに張りついたまま海を見下ろしている貞園はよほど気にいったのか、
いつまでたってもそこから離れようとはしません。
久々にたっぷりのお湯につかりお風呂を満喫して部屋に戻ると
もうすっかりと外は、真っ暗な海に変わっていました。
それでも貞園はまだ、明かりが揺らめく淡水の海を見下ろしています。
ビールを勧めると、警戒しながら軽く一口だけを含みます。
「いくら誘惑をしても、順平は手を出さないのね。
せっかく恋人たちの聖地までやってきたというのに、
さっさと一人でお風呂に入っちゃうし、
勝手にビールを呑み始めるんだもの。
ねぇ・・・・
日本に居る奥さんが、そんなに怖い?
それともやっぱり、私に魅力が無いせいかしら」
「そうでもないさ。
第一に、奥さんに近い存在の人はいるけれど、
残念ながらまだ独身です。
第二に、貞園は充分にチャーミングだよ。、
大人の女性に負けないほどの、お色気と綺麗な身体もちゃんと備えている。
でもね、愛と性というのは、実は難しい問題だ。
本来は表裏一体のはずだけど、ゆがんだ部分も沢山あって、
そいつが、なにかと厄介な問題を生み出すからね」
「愛は、理性から出発をするけど、
性は本能から生まれるから、両立をさせるのは厄介よね」
「旨い事を言う。
2つの生産と言う哲学の話を知っているかい。
人間による社会的生産と、生命の再生産と言うはなしだけど」
「もしかして、エンゲルスの著書? 」
「さすがだね
大学で、人間行動学を学んでいるだけのことはある。
社会的生産と言うのは、人が豊かに暮らしていくために不可欠な
物質的生産のすべてのことをさしている。
便利に快適に暮らしていくために、労働は欠かせないという意味だ。
生命を再生産するというのは、社会を維持するために
常に子孫を残す必要があるという行為のことだ。
でもね・・・・
男女の間では、愛が無くても性があるように、
それとは逆に、性がなくても愛は存在できるんだよ。
女性としての魅力を充分に認めたうえで、
強い自制心で、欲望を抑え込むことができる、
という時もある」
「男女の間でも、禁欲ができると言う話なの? 」
作品名:「舞台裏の仲間たち」 57~58 作家名:落合順平