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「舞台裏の仲間たち」 55~56

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 仕事を終えた市民たちで屋台街がにぎわってくると、
今度は広い道の片側が、いつの間にか駐車のスペースに変わってきます。
ここでは夕方の6時頃から屋台の準備が始まり、明け方の3、4時頃まで
営業をしているお店も並んでいます。
ただしあくまでも道路上ですので、タクシーやバイクが歩いている人たちの横を速度も落とさずにビュンビュンと通りすぎていきます。

 車とバイク、歩行者があふれてきたそんな道路の上に、
屋台車がどこからともなく、暗闇と共に次々と現れてきます。
隣の屋台と軒を接して隙間を詰めながら、あたりかまわず
どんどんと並びます。
すでに仕込みが終わって運んできたものばかりなので、
場所を確保したらすぐにその販売がはじまります。

 「台湾の家庭料理のひとつ、
 魯肉飯(るうろうはん)を是非食べてみてよ。
 日本風に言えば、豚肉のかけご飯です。
 安くておいしい、台湾の庶民食の代表よ」

 貞園が、美味しい香りの漂う屋台の前で立ち止まりました。
魯肉飯は、白いご飯に煮込んだそぼろ豚肉と汁をかけて食べる
台湾の家庭料理です。
独特の香辛料が鼻孔をくすぐり食欲をそそります。


 「大丈夫。
 すこし日に焼けている順平は、現地人と同じに見えるから
 私たちは、新婚カップルということで、
 そこのテーブルで食事をしましょう。
 あ、それからビールはここでは売っていませんから、
 さっきのコンビニで買ってきてくださいね、私の分まで。
 あとは適当に私がオーダーをしておきます。
 よろしくお願い、ねぇ、あなた」


 油断をしていると、貞園からは色気の波状攻撃がやってきます。
まったくこの子には、根っからの悪女としての才能が生まれた時から
備わっていたような気がします。
70年代の後半から台湾にも進出してきたというコンビニで、
台湾ビールを4本買いテーブルに戻ってくると、もうその上には
さまざまな台湾料理が並んでいました。
屋台での屋台料理は、器はきわめて小さいためにかなりの種類を頼んでも
食べ残しになるほどの心配がありません。


 隣のテーブルに座った台湾の若いカップルが
「天婦羅」を食べていました。
衣をつけて揚げているのは日本と同じですが、見た感じが大違いです。
よそ見をしている間に、貞園に炒めたばかりの野菜を口の中に
放り込まれてしまいました。
あまりの熱さに思わず口を押さえていると、口に含んだビールを
口移しで呑ませてあげようかと貞園が目を細めて笑っていました。
この子は悪戯ぶりにも天分があります・・・・

 「ねぇ、黒光って、どんな女性なの? 」


 2本目の缶ビールも空にした貞園が、トロンとした目で
テーブルに片ひじをついて、下の方から私の顔を見上げていました。
どうやらアルコールは、本人が自負するほど強くありません。

 「明治時代を代表する彫刻家で、
 日本の近代彫刻の礎を築いたといわれている、
 萩原碌山という芸術家がいる。
 黒光は夫の相馬愛蔵とともに、その彼を支えたパトロンだ。
 経済的な意味でもそうだけど、
 もう一方で、終生のアイドルと言うか碌山にとっての、
 憧れの女性だった。
 その想いのすべてを注ぎ込んで、
 彼の最後の作品となる「女」を黒光のためだけに作りあげた。
 もちろんモデルは、黒光だと言われている」

 「へぇ・・・・浪漫チックな話だわ・・・ねぇ・」


 と、言いかけた処で、缶ビールが手元から地面にコロンと落ちてしまいます。
トロンとしていた目がゆっくりと閉じられ、それとほとんど同時に貞園が
スローモーション映画のように後ろに向かって倒れ始めました。

 この娘はアルコールに免疫がありません。
あっというまに酔っ払ったあげくに、意識まで失ってしまいました。