カブラのシチュー
「送ってた。すんごくキラキラした瞳で見つめられて『ソンミン好き好き』って直球だから避けきれないんだ」
ソンミンは照れくさそうに口に手をあてた。
分かりやすいほうだとは思っていたけど、それほどまでとは……自分ひとりで隠しているつもりだったんだな。照れくさくて頬まで布団に顔をうずめた……そういえば、フリッツも「ソンミンがいないからって、露骨すぎない? 」て言ってたな。あれってバレバレってことか。
「なんで裕也はそんなに素直なんだ、って戸惑ってしまったよ。どうやって付き合っていいかずっと悩んでいた。だって俺たちメンバーだろ? 恋愛して面倒な関係になったら困るじゃないか。もし上手くいかなくて別れたとしても仕事ではずっと一緒にやっていかなきゃならないんだよ」
「だから、なるべく俺もソンミンには普通に接しようってしてたんだ」
「あれで? あはははっ」
ソンミンはものすごくツボにはまったみたい。えーー、これも成功してなかった? ますます恥ずかしい。普通にしてたつもりなんだけど。やっぱ挙動不審だったんかな?
「ごめん……」
「そういう可愛いところが困る。結局、我慢できなくなっちゃった」
ソンミンは俺の頬を指でなぞった。優しく何度も。ああ、胸がいっぱいだ。
「俺は幸せだよ。いま、すごく。我慢してきたけどソンミンとキスできるほうが、やっぱり嬉しい。嬉しくて失神しそう」
ソンミンは苦しそうな表情をして目を閉じた。
「裕也、その言葉は凶器だよ、今の俺にとって。キス以上のこと我慢出来なくなってしまう」
そして大きく息を吐いた。
「もう休んだほうがいいよ」
「こんな状態で眠れるわけないだろ。やっと両思いになれたのに。すんげー幸せなのに」
「じゃ、話題変えて。俺が興奮しないような」
「うーーん……拓己にはバレてるかな」
「バレバレです」
「やっぱり? じゃ、社長も分かってるよね。うわ、どうしよう。メンバー間恋愛禁止、て言われたら」
「ふふ、あの社長がそんなこと言うとは思えないけど…… 仕事はキッチリやれ!って言うだろうな。そういうとこ裕也のほうが危ない。気持ちが表情に出やすいから」
うーー 俺の恋は前途多難だ、早くも。
「けどさ、なんで俺? 十年近く一緒にいてなんで今になって俺が好きなの? 俺と裕也って水と油って感じだろ? 」
ソンミンの疑問は最もだ。俺たち十六歳の時にデビューしてずっと一緒にやってきた。嫌なとこもいっぱい知っている。メンバーだけにしか分からない苦労も一緒にやってきた。長くやってきた部活みたいなものだ。
「分かんないよ…… 気づいたら好きになってたんだ。……けど、きっと今だから好きになったんだと思う。大人になって色んなこと経験して、お互いの色が落ち着いてきたのもあるよ。ソンミンは野菜づくり始めて、すごく穏やかになった。もともとマイルドな性格だったのがさらに器が広がったっていうか。野菜のこと話している時の雰囲気が好きなんだ」
うん、そうなんだ。ソンミンの包み込むような空気が好き。すごく心が温かくなる。
「俺、そんなマイルドじゃないよ。こだわり強いしさ」
「うん、そこも気になったひとつなんだ。以前、ソンミンは自分のこと好きじゃない、って言ったろ? あれに驚いたんだ。いつも穏やかで優しいのに何でそんなこと言うんだろって。俺に無いイイとこ沢山持っているのに。ものすごく努力家で、頭いいし、他人には優しいし…… それなのに、なんで自分のことが嫌いなんだろう、って」
「そんなの裕也はよく知っているだろ。俺が自分にストイックすぎて、本当はそれを他人にも求めたいのに出来なくて、自滅していってるの。そういうとこが嫌いなんだよ」
「けど、それはより良いものを作りたい、って向上心があるからだろ? 別にいいと思うけど。逆に俺なんていい加減すぎて、いっつもソンミンに怒られてたじゃん。よくケンカしたよな」
「うん。裕也と一番した。他のふたりは話通じるんだけど裕也だけは通じないんだ。何か別の世界の住人みたいだった。けど、今は分かる。裕也は全く違うから、面白いことが出来るんだなって。毎回カルチャーショックというか……最近はそれが快感になってきた」
「ほんと? 」
「ああ」
自嘲気味にソンミンが笑った。
「今でもソンミンは自分のこと嫌い? 」
「さあ、どうかなあ…… 昔ほど嫌いじゃないかな」
「あのさ、自分のこと好きになれない自分、も認めたらどうかな? 」
「自分のこと好きになれない自分、を認める? 」
「うん」
そうなんだ。自分に優しくするんだ。
「まず、自分だよ。『自分』を愛することが大事だよ」
「『自分』を愛する? どうするの? 」
「そのまんまの自分をぜーんぶ認めるんだ。現状に満足してない自分も、嫌なとこがいっぱいある自分も、そのまんまでいいんだ。つらい現実が受け入れられないんだったら、その現実を受け入れられない自分がいる、て認めるだけ」
「それで何か変わるの? 」
「変わる。すごくラクなるよ。あのね……死ぬまで一緒にいるのは『自分』だけなんだ。どんなツライ時も苦しい時も一緒にいてくれるんだよ『自分』は。あの世に行くときだって一緒に行ってくれる。そう考えたら、すごく愛しいと思わない? 」
ソンミンが固まった。
「もう少し仲良くしようよ『自分』と。ソンミンは実際すごく優しいよ。そういった素敵な部分に目を向けないで、『自分』の出来ないトコに注目していっつも『自分』を責めてるんだ。そんなの『自分』が可哀相だと思わない? ずっと一緒にいてくれたのに? 」
重大なことに気づいたみたい。ソンミンはだんだんと下を向いた。
「裕也」
たまらなくなったように俺を抱きしめた。布団の上から。
「俺、裕也のことすごく好きになっちゃったよ。やっぱり裕也はすごい。俺には絶対思いつかないこと言う。けど、それが俺を救ってくれる。俺……なんてことしてきたんだ『自分』に。裕也の言うとおりだよ……もうちょっと……『自分』に優しくしてみる」
「うん。他人が褒めてくれる部分に意識を向ければいいよ。ソンミンなら優しい、とか、カッコいい、とか、情熱にひたむき、とか、癒し系とか、いっぱいイイとこあるんだもん」
「そんなの自分じゃ分からないよ。雑誌に書いてある長所なんでお世辞か本当か分からないんだ。裕也が言ってくれて初めてそうなんだ、て分かる」
「あーもう。そこまで『自分』と疎遠してたんだ。困った人ですね」
「ごめん」
恥ずかしそうな顔したソンミン。うわっ、ものすごくかわいい!
「I Love You」
ネイティブな発音で告げると、そのままオデコにキスしてくれた。もうだめじゃ……
下から手伸ばして抱き寄せた。
その先は
夢の中……
俺の風邪は二日ほど引きずっただけで、速攻治った。やはり愛のパワーに勝るものはない。
「あの歌って、俺たちの歌なんだよね? 」
最終リハーサルを終えて、控え室で俺はソンミンに囁いた。
彼はニヤって笑った。
「やっと分かってくれた? 」