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カブラのシチュー

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最近、明らかに避けられている。
 ソンミンに。

 何が原因なんだろう? 確かに俺はガサツだし、おっちょこちょいだし、人の考えていることに気が回るようなタイプじゃないけど、ソンミンに対してはすごく気を使ってきたつもり。だから、すっごく会いたくても我慢して不自然にならないような頻度にしているし、会話だって普通にしているのに。

 俺は赤城裕也(あかぎゆうや)っていう。フォースって四人組のアイドルに属している。ソンミンはその中のひとりで、韓国のタレントだったけど社長がスカウトしてきたんだ。韓国は競争が激しい社会なのでタレントになる人間はかなり押しが強いはずなのに、ソンミンは結構おだやかだ。人なつこいタレ目は、ちょっと綾瀬はるかちゃんに似ているし、笑ったときはエクボが出来る。癒し系だよ……俺にとって。
 それでいてライブん時なんかは、キレのいいダンスをノリノリで踊るから、そのギャップのカッコよさにファンはやられてしまうんだ。いや、俺もやられてんだけど。

(新しい伝統野菜の豆、一寸そら豆の種が手に入りました。渡したいので、一緒にご飯を食べませんか? 返事待っています。)

 俺はメールを送った。興味あるはずだ。ソンミンは畑を借りて野菜を育てているから。
 彼は農業タレントみたいな位置にいる。以前「農業の楽しさ、面白さをもっと知ってもらおう」て感じのコンセプトの仕事をした関係から野菜づくりにも凝っているんだ。
 メールを送ってから休憩時間のたびにスマホを確認するけど返事が来ない。イライラする。やっと夕方近くになって返事がきた。

(ごめん裕也。忙しくて当分会えない。一寸そら豆の種は事務所に預けておいてください)

「まじかよっ!」
 俺はスマホに向かって叫んだ。ソンミンは嘘をついている。ソンミンのスケジュールなんて事務所でちゃんと把握してるんだ。ここしばらくは忙しい仕事なんて入っていないはずだ。なのに、俺には会えないって言う。もう、これって明らかに避られている。まじ俺何したんだ? ソンミンのこと好きなのバレちゃったんだろうか。

「裕也、今日はお弁当ないの? 」
 フリッツがブシツケに尋ねる。
「ないよ」
「えー 裕也のお弁当楽しみにしてたのにー」
 口をとがらせる。フリッツもメンバーのひとり。お母さんがドイツ人ってことでハーフなんだ。一見して王子風だけど性格に問題あり。二重人格なんだ。外づらはいいけど内づらはかなりサドだ。今日は、こいつと新曲のレコーディング。メンバーはあいている時間にレコーディングを個々でする。けど、時間があえばこうやって一緒にするんだ。

「ソンミンがいないからって、露骨すぎない? 」
「ソンミンは野菜くれるけど、フリッツは何もしてくれてないだろ」
「いいじゃんか。そんなケチくさいこと言わないでも。裕也のお弁当ってすげーおいしいじゃん」
 そりゃ、愛がこもってますからね。
 ソンミンが農業の仕事しだして、俺は料理を頑張ることにした。彼の作った野菜を、おいしく料理してあげたらきっと、密にお近づきになれるだろう、と。で、実際、ソンミンとは仲良くなれたし、彼の家に行って料理して、一緒に食べたりして、俺自身としては、かなり幸せだった。ヨコシマな考えだったけど料理の腕が上達すると、そっち方面の仕事も増えてきた。料理本を出さないか、とか、料理コーナー担当しないか、ってオファーもかなりある。何が幸いするか分からないよな。

 けど、俺はいま苦悩中なんだ。料理はソンミンのために作りたいんだ!
 こうなったら理由を確かめてやる。俺のこと気持ち悪いんだったらそれならそれでいい。ハッキリしないほうが嫌なんだ。振られたってもうそれは仕方ない。けど告白もしてないのに振られるってあるんだろうか。うー

 最新のスケジュールを確かめてみる。今度会えるのはライブのリハーサル。三日後だ。これは四人そろってじゃないとダメだからな。よし、この時にソンミンになんで俺のこと避けるのか聞いてやる!

 けど、二日後に衝撃的な記事が出たんだ!
(ソンミン熱愛! モデル風美女とお泊まりデート! )
 写真には「ソンミンの部屋から出てくるA子さん」が載っている…………長い髪でスラとした美女風だ。

 う……まじかよ……
 そりゃあさ、二十六歳にもなって彼女のひとりもいないなんて思わないよ。けど、俺がいった部屋は彼女の影も無かったし、そういった雰囲気は全くなかったんだ。メールを密に交換する、とか彼女とお出かけしている、とかそういった雰囲気は無かった。けど。俺って鈍感だからな。ソンミンがその気になれば俺にバレないようにするなんて簡単だと思う。
 事務所は「知人の女性」と発表した。それって常套文句じゃん。ま、芸能界も最近じゃ男女交際、あんまうるさくないからな。下手に騒ぐよりこういった大人な対応が一番いいんだろう。

 そしてリハーサル当日。

♪窓の外は凍っているけど、僕は君といるから暖かい♪

 ステージの上手と下手から俺とソンミン、ふたり同じ速度で客席方向に歩いていく。この曲はデュエットなんだ。歩きながらすれ違い、また、戻ってきて、最後はお互い向き合いながら歌う。

 ああ……
 この時だけは、世界は俺とソンミンだけのもの。
♪ふたりの家に帰ろう、暖かい食卓、君が作るのはカブラのシチュー♪

 けど、フッと彼は目をそらせた。
 胸が痛い。
『なんでだよ……』
 歌がとぎれる……

「ストーップ!……どうした、裕也。歌詞忘れた? 」
 演出家が音を止めた。
「すみません……」
「位置確認だから歌はちゃんと歌わなくていいけど、本番はちゃんと頼むな」
「はい」


 出番が一旦終わったんで、俺はウガイをするためにトイレに立った。さっきから喉が痛い。風邪かもしれない。ライブも近いのに扁桃腺にでもなったら大変だぞ。
「大丈夫? 」
 洗面台から顔を上げると鏡の中にソンミンが映っていた。急いで振り返る。
「裕也、風邪気味なんじゃないの? 」
「本番までには治すよ」
 俺はぶっきらぼうに答えるとソンミンの隣を通りぬけた。センシュアルな香り。ソンミンはいつもいい匂いがする。いちど何てコロンか聞いたけど韓国のメーカーだったんで聞き取れなかった。
 彼の顔を見ているのがつらくて離れたのに着いてくる。
「一寸そら豆の種……」
「ああ、持ってきてるよ。ちょっと待って」
 泣きそうかも。結局ソンミンは種のことが気になっているだけで俺の心配をしてくれた訳じゃない。きっとあのA子さんのことしか心配しないんだ。今日は誰ひとりとしてA子さんのことを尋ねたりしない。あたりまえか、聞きにくいもんな。

「この前はごめん。裕也が食事に誘ってくれたのに行けなくて」
 種を渡して植え方の説明を一通り終えたあと、ソンミンはあやまった。
「いいよ、別に。仕事だろ」
「あの」
 ソンミンは戸惑ったような表情をした。
「今日はどお? リハ終わったら食事しない? うちに来てもいいし」
「……ごめん。今日は早く休みたいんだ。風邪気味だから」
「うん、そうだね。そうだ、早く休んだほうがいいよ。うん」
作品名:カブラのシチュー 作家名:尾崎チホ