シンクロニシティ
倒れていた職員は別の職員に起こされ、鈴村に何度も会釈しながら走り去る。
「チーフ……いゃ、所長。ここから消える理由がないんじゃないですかぁ?」
「ふぅ……綺麗にまとめられたものね。立場も処分も目覚めた者の混乱も、全てを静めた……あれが鈴村和明……モンストラス世界の管理者として適任ね」
「はぃ……まあ、悪くないですねぇ……ん……共感覚が消えた。これって、何か意味があるんですかねぇ」
少し間を空ける桜。隠す理由も見当たらないためか、そして全てを話すつもりなのか、簡単に話し出す。
「本体とRが同じ世界に現れる時、本来あってはならない情報が近い場所にいることで、同じ情報があるために、この世界に負荷がかかる」
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情報、負荷。それは明らかな機械的表現。
その情報はまるで、データ入力された内容だけで人の人生の記憶を作られるような、世界と人間関係まで操作させられているかのように。
その負荷はまるで、音をマイクとスピーカーの距離感で耳へ悲鳴のように響き起こるハウリングを感じさせる。それが視覚されるような現象が起きたのかと。
それならば、人間と言われた刈谷自身のRはどこにいるのかと、春日はその影響で消えてしまったのかと思わせる。
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「じゃあ、管轄はこの世界に2人?」
「そうね……そして、負荷が掛かり過ぎると何かを削除、又は最適化され存在の一貫性を保つ事になるのよ」
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桜の詳しい説明。同じ時期に目覚めを感じたとは思えないほどの情報量。この半年間、刈谷が知らないところで世界の秘密を抱えていたのかと思わせる。
それだけ非現実的なことを聞けば、今の自分自身の存在を更に詳しく尋ねたいことが自然ではないだろうか。しかし刈谷は安堵していた。鈴村の言葉通りであれば、自分の身元が戻り、今までの生活に戻れることで満足していた。
桜の言葉を聞いて刈谷は、昔話のようなオカルト的に伝えられている現象で簡単に例えた。
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「昔から、ドッペルゲンガーを見るとぉ、早死にするっていう理屈な訳ねぇ」
「管轄以外で見えはじめた時には、何かある時よ。用心しなければ」
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桜が知っているなら、鈴村は知っていて当たり前にも感じる。鈴村は言った。不死現象会議に自分が出席していると。幻視ではなく、自分以外の者がはっきり存在している不思議。それがどこかで誰かの前で言葉を発し、何かを説明をしているという、その事実を見比べた者ならば混乱をする出来事。それを簡単に発言した鈴村。知られる事に恐怖はなかったのか。知られても、信じる者がいないと軽んじたことだったのか。監視カメラもあるこの収容所。簡単な改ざんでその証拠もなくなるだろう。証拠そのものであれば、先ほどまで頻繁だったデジャヴュ現象が起きれば一部の記憶だけに留まる。そして、その現象が起きなくなった田村の死。それら全てが鈴村の意思によって操作できるのであれば話は簡単にもなるであろう。
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桜の懸念。その鈴村以外で現れる自己像幻視。それが現れた時、それはどんな脅威が起こる前触れなのだろうか。
「ありましたよねぇ、共感覚見えた事。あの館で。そしてぇ、これで平穏なんですよね。今まで通り、自分の世界でいられるんですよね」
「そうね……そして、さよならよ刈谷」
後ろを向いている刈谷の襟をつかみ、拳銃を後頭部に突き付けた桜。避けられない距離。桜の眼光は見開き、口元は片方だけ吊り上っている。それは目的を達成した表情。その狙いは何か。その先には何が待っているのか。この世界だけでは語りきれない凶行は、別の世界の同じ時間に明かされる真実。この世界のあらすじは、血が舞い散る空間で終わる。
「やっと……殺せた。始まるわ、私の新天地」