「舞台裏の仲間たち」51~52
日傘をさした瀟洒なご婦人とすれ違った瞬間に、
あれほど密着をしていた貞園がはじかれた様に、私から離れていってしまいました。
悪戯を見つけられてた幼子のような反応ぶりで、当の本人も顔を赤らめています。
すれ違ったご婦人も、その貞園の動揺に気がついたのか、
数歩行きすぎた処で立ち止まりました。
「あら、やっぱり。
先ほどお風呂でお会いをした、可愛いお嬢ちゃんですか。
またお会いしましたね、
あら・・・・こちらは、お嬢ちゃんのお連れ様?
地元の方には見えません。
もしかしたら、日本のお方でしょうか」
流暢な日本語でそう声をかけてきたのは、
貞園がお風呂場で行き会ったという例の”おばあちゃん”と呼んだ女性でした。
おばあちゃんというので、勝手に60過ぎだろうと想像をしていたら、
目の前に現れたのは、50歳そこそこので妙齢といえるとても美しいご婦人です。
「はい、日本人です。
技術関係の仕事で台湾に滞在中ですが、
今日はこの子に案内をされて、北投温泉をのんびりと探索中です」
「そうなの?
この子は、虐げられた女性問題の研究のために、
歓楽街と日本統治の歴史と遺跡がたくさん残っているここへ
わざわざやってきたと言っていましたが。
面白そうなので、私も知っている当時のお話などを
いくつか語ってしまいました。
貞園と言いましたね
あなたとは、よくよくの縁がありそうです。
よかったら私と、その従軍慰安婦さんの話を聞きに行きませんか。
この近くに昔から住んでいる人なので
今日は、これから伺うところです」
貞園の目が、すでに輝いています。
願ってもない幸運が舞い込んできたときのように、頬まで紅潮をさせています。
女性は、金 美齢(きん びれい)と名乗り1934年に、ここ台湾で生まれたそうです。
おばあちゃんは自ら、日本の国籍をもつ評論家だと自己紹介をしてくれました。
■ 金 美齢(きん びれい)1934年(昭和9年)2月7日生まれ
台湾出身で日本国籍の評論家。
早大在学中には、台湾独立建国連盟が発行する英語版の機関紙の編集長を務め、
他の台湾人留学生らと大学同窓会「台湾稲門会」を結成。
そのため、金と夫の周は反政府活動家として政府のブラックリスト(黒名単)に掲載され、
旅券は剥奪され、日本で事実上の亡命生活を余儀なくされた。
1987年(昭和62年)7月15日、
台湾で1949年(昭和24年)5月20日以来38年間続いた戒厳が解除。
翌年、李登輝が台湾人初の中華民国総統に就任。
急速な台湾民主化の流れの中でブラックリストも解除となり、
金は31年ぶりに帰国。
(53)へつづく
作品名:「舞台裏の仲間たち」51~52 作家名:落合順平