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パセリーヌ前田
パセリーヌ前田
novelistID. 44183
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萌えよ英○館

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やかんを火にかけながら、まな板の上でひたすらチョコレートを刻んだ。
その、どの瞬間も、気が付けばあの社会科の姿を思い浮かべていた。そして思い浮かべる度に、柔らかい綿で胸をきゅうっと締め付けられるような温かい気持ちになるのだった。くすぐったいような、居心地の悪いような、何とも言えない感じょ・・・
だめだ。これ以上考えていると羞恥で死ねる。
大体何でハート型なんかにしたんだ!
どうにもこうにもいたたまれなくなって、傍に有ったピーラーを掴むと手に持っていたチョコレートを削り始める。後になってこの道具選択を大いに悔いることになるが、とりあえず今はそんなことは関係ない。
がり、がりがりがり。
ハート型のアイデンティティともいえる上部の曲線を削り取り、ついでにデコレーションもそぎ落とす。集中していないと、また羞恥が襲ってくるので、余計な思考を追い出すように一心不乱に削った。アルミホイル越しの作業とは言え体温でチョコレートが溶けるかと思ったが、朝から調理に没頭していた私の手は思いのほか冷えていたらしく、そんなこともなかった。
黒い上に冷たい、とか、いよいよ悪そうな必殺技でも出せそうな手ではないか、等と考えるのはただの逃避である。
絶対野菜など削りたくない状態になったピーラーを置き、六角形に姿を変えたチョコレートをきれいな袋に入れる。渡すとか渡さないとかそんなことはとりあえず今は考えないことにして、チョコレートを箱に入れ包装紙で包んだ。また授業で社会科にネタにされる想像を振り払うようにトリコロールのリボンをかけた。
思いの外可愛らしく仕上がったそれは、やっぱり見ているのもいたたまれない。
ならば見なければ良いではないか。
見ているのが嫌だからそうするだけだ。最早意味すら分からない言い訳をして、チョコレートを鞄に突っ込むと、私はよく変だと揶揄されるコートを羽織ってバイクに乗った。

着くまでに車にはねられなかったのが不思議だと思えるぐらい危うい運転だった。
オフィスに着いて、何時も通り仕事をして、その合間合間に機会をうかがっていた。心の準備も出来ていないのに、給湯室に入って行った彼を追いかけうだうだ迷っていると、先に彼の方からバレンタインの話題を振られ慌てているうちに、結局渡せぬまま終わってしまった。そのうち生徒がやってきて、義理なのか本命なのか、数名の女子生徒が彼にチョコレートを渡していった。
彼がテキストをコピーしていた印刷室。たまたま2人きりで乗り合わせたエレベーター。機会が無かったわけではないのだけれど、未だチョコレートは私の鞄の中にある。
いっそ帰って家で食べてしまおうか。
それが良いような気もしてきた。
けれど、それではいけない気もした。
朝からずっと逃避の連続だったので、いまさら結論なんて出せよう筈もなかった。


❦ ❦ ❦


教員たちが黙々とデスクワークをする昼が過ぎ、小学生のやってくる黄昏時が過ぎ、中学生も帰って行く夜が来て、そろそろ閉館の時刻。
「お疲れ様です。」
「お先に失礼します。」
次々と帰って行く同僚に続き席を立った社会科さんの鞄の中に、女子生徒からのチョコレートに交じって、黒い指紋がべったりと付いた歪な形のチョコレートが入っていることに、社会科さんが気付くのは、果たしていつになるだろう。
作品名:萌えよ英○館 作家名:パセリーヌ前田