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パセリーヌ前田
パセリーヌ前田
novelistID. 44183
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萌えよ英○館

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人物紹介(読み飛ばしていただいても結構です)
数学さん:ホワイトボードを手で消すせいで、手の黒さに定評のある数学講師。基本的に同僚からネタにされている。
余談だがこの話の後の4月から新規オープンした英○館○○校に館長として赴任。

社会科さん:そんな数学さんと不仲を装い、たびたび授業でネタにするが、惚気にしか聞こえません。ご馳走様でした。普通にイケメンでお洒落だが、そんなことはどうでも良い小学生から付けられたあだ名は「ボンバー」理由・髪型がボーンってしてる。
余談だが今年から新規オープンした英○館○○校に講師として赴任。しかし6月頃に某塾に引き抜かれ(?)数学さんに別れを告げる(?)。

英語科さん:県下トップのW高校で番長として名を馳せていた過去がある、と専ら噂の女性英語科講師。背の高い美女。数学さんを授業でネタにする一人。余談だが英○館○○校には行かず現在も英○館××校にいる。

紹介終わり。
舞台は英○館××校です。








ここは英○館××校。自立した社会人の育成を目指す総合学習塾・・・らしい。
さてそんな進学塾に、今日は甘い香りが漂う日。バレンタインである。


❦ ❦ ❦ 


カタカタとパソコンを叩く音だけが響く。○○君お茶、なんて言えば女性職員がお茶を持って来てくれる様なオフィスではないので、喉が渇けば自分で自販機なり給湯室なりへ行かなければならない。社会科さんは作りかけの模試のデータを保存すると(印刷前に問題文中に数学科の名前を出したことが見つかって、書き換えらえたらたまらない)立ち上がった。周りの職員に
「お茶、飲まれますか?」
と、声をかける。ありがとうございます、もらいます、等ととそれぞれ返事が返ってきたが、何処からか
「結構です。」
という声が聞こえた。聞き間違おう筈がない。手の汚い数学科だ。大方この前お茶はいるかと彼が訊いたとき「湯のみが黒く汚れてそうなので要りません。」と、答えたことを根に持っているのだろう。決してSではない彼が、私の意地悪に対抗しようと仕掛けてくる仕返しはセンスのかけらもない。けれど、生徒たちの笑いの種にされながら見よう見真似で私に仕返ししようとする姿はとても愛おしくて。私も別に彼を苛めたいわけではないのだけれど、そんな彼の姿が見たくてつい、意地悪をしてしまうのだった。

茶さじで茶葉をすくいポットへ入れ、キッチンタイマーのボタンを押す。ポットの横には黒い指紋の付いた砂時計が置いてあるけれど、絶対使うものか。だって、図れる時間はたったの30秒である。そんなものを5回も6回もひっくり返しながらお茶を入れている彼の気がしれない。
そんなことを考えていたからだろうか。給湯室に入ってきた人影に気がつかなかった。しかし気付けば、それが誰であるかなど考えるまでもない。
「何しに来たんですか?」
なるべく冷淡な声を作って言ってやった。彼は分かりやすく一瞬しょげて、そしてまた分かりやすく、虚勢を張ったように答えた。
「プリント取りに来ただけですよ。あなたこそ、そんな言い方して私じゃなかったらどうするつもりですか?」
わざわざ私が給湯室にいると知りながら、配るまでまだ2時間以上も時間のあるプリントを取りに来たんですか?
そう尋ねるほど私はSじゃない。いや、Sだけれど。
深く追求して、次からこんなことがなくなっても勿体ないので黙っておくのだ。
「ご心配なく。あなたを間違えたりはしませんから。」
代わりにそう言ってやれば彼は少し嬉しそうな顔をした。そしてそれを見られないようにふいと顔を背けて、ガサガサと段ボールの中をあさった。探し等しなくても几帳面な彼がプリント類を置く場所はいつも決まっている筈なのに。まったく、素直じゃない。
「そういえば今日はバレンタインですね。」
そんな素直じゃない彼にそう声をかける。
「そうですね。それがなにか?」
返って来たのは無理して装ったのがバレバレの“淡白な“声。どうしてこんなに彼はうそをつくのが下手なのだろう。見たくもない図形の問題や、気色悪い数式の羅列を流麗に解説しているその迷晰・・じゃない。明晰な頭脳は、全くそう云ったことには活用されないらしい。
その癖彼が“誤魔化せたつもり”になっているのは何時ものことで、私が“誤魔化された振り”をしてあげるのもまた、何時ものことだった。
けれど誤魔化された振りこそすれ、誤魔化されたままなわけではない。
「いえ。ただあなたからチョコレートの香りがするので。」
私のその一言で、彼の動揺していない振りは完全に崩れた。
「け、今朝妹がくれただけです。」
その分かりやすさが愛おしい。チョコレートの香りがしたなんて真っ赤な嘘なのに、彼の手からプリント類の束がばさりと落ちた。予想以上の反応を楽しませてもらっていると、慌てて拾おうとしながら隣の段ボールをひっくり返すのだから見ていられたものじゃない。
「・・・何してるんですか・・。拾うの手伝いますから、社会のプリントには触らないで下さいね。」
「英語のプリントにも触らないで下さいね。」
私が屈んだとたん、背後からそんな声が聞こえた。立っていたのは英語科の番長。気付けば先ほど仕掛けたキッチンタイマーは、そう大きな音では無いにせよ鳴りっぱなしだった。
ああ、そういえばお茶を入れている最中だったのだ。
「そろそろ教室に行かねばなりませんので、私はお茶、結構です。」
番長の威圧感が怖かった。


❦ ❦ ❦ 


甘い香りの漂う自宅の台所で、数学さんはため息をつく。
はあ・・・私は一体何をしているのだろう。
朝から何時もより一時間早く鳴らした目覚ましを止め、上着を羽織る代わりにスーツの上から付けたのはエプロン。気付けばダイニングテーブルの上に積んであった板チョコは、どでかいハート型に化けていた。
・・・という説明には多少の語弊が有るが、事実を再確認するのが居た堪れないので出来れば訂正なんてせぬままにしておきたい。いや、職業病なのか一度浮かんだ解説はなかなか忘れられないので、現実逃避に訂正を放棄したところで何の意味も成さないけれど。
成さないけれど。でも、この状況を脳内で反復する居た堪れなさを理解してほしい。

今日はバレンタインデーだ。知らぬ人はいないと思うけれど製菓メーカーの陰謀によれば、女性が、男性に、愛をこめて、チョコレートを送る日である。義理チョコなんてものもあるわけだし、最近は友チョコ、自分チョコ、あまつさえ逆チョコ等と、譲渡対象は実に豊富なバラエティーを見せているのだけれど、基本は女性メインのイベントなのでありそこで話は冒頭の私のため息へと続く。

いったい何をしているんだ私は。


男のくせにチョコレートなんか作って。しかも形はハート型。渡す当てもないのに。
…いや、最後の一つは嘘だ。嘘じゃないけど、嘘だ。
昨夜、吉野屋へ行った帰り道、疲れた時には甘いものがどうの、適度な糖分の摂取が云々と、言い訳しながらコンビニに入りAKBのプレートが飾られた棚から、製菓メーカーのロゴが踊る板チョコを手に取った。
チョコレートの入ったレジ袋を机の上に放置し、目覚まし時計の針を30度だけずらして布団に入った。
作品名:萌えよ英○館 作家名:パセリーヌ前田