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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ

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 そう言うとゴールトンは分かった分かったと苦笑した。それから不意に真顔になって、こう尋ねてきた。
「それはそうと、救世主殿はともかく、なんで悪魔祓い師を連れて行くんだ?」
「あら、たとえ表面上だけでも友好的な悪魔祓い師に会うなんてめったにないでしょう? これを機に色々教えてもらおうかなと思いまして」
「そう簡単に教えてくれるとは思えないがな」
「思ってませんわよ」
 ティリーは用件だけ書かれた簡素な手紙を懐に仕舞い、冗談交じりに、しかし半ば本気で言った。
「知っていることを喋らせる方法なんて、いくらでもありますからね」



 地面が揺れている。息を吸うと潮の香りが肺になだれ込んできた。その濃さにむせそうになってリゼは目を開けた。
「怪我は大丈夫か?」
 ああそうか。爆弾が爆発して吹き飛ばされたのか。心配そうなアルベルトの顔を見て、リゼはそのことを思い出した。爆発の瞬間、魔術で爆風と炎を防いだのだが、衝撃までは防ぎきれず吹き飛ばされて何かに衝突したのだ。たぶんその時の怪我だろう。リゼは丁寧に手当された腕の傷を見た。ただの火傷に打ち身だろうから大げさなことだが。
「心配しなくてもこれくらいすぐ治るわよ」
 それこそ治癒術を使えば一瞬で治る。最も、手当してあるし治癒術を使うほどの怪我ではないので、放っておくことにした。マリークレージュで腕の骨を折った時の方が遥かに大事だったのだ。
「それで、ここは?」
「ミガー行きの船の中だ」
「・・・どうりで揺れているはずね」
 ふらふらするのは頭を打ったせいではないようだ。
「そうだ。ティリーは船に乗れなかったみたいだ。ラウルを追っていったから」
「そう。それより、なんであなたまで乗っているの?」
「え?」
「逃げていたら誤解を解けないって言っていたでしょう」
 そう言うと、アルベルトは何とも言えない複雑な表情になった。後悔しているような、迷っているような、少なくとも図星を指されたことは間違いない。
 まだ悩んでいたのか、こいつは。
「・・・ま、どうだっていいことだけど」
 アルベルトの前途など知ったことじゃない。どうせミガーに行くまでの付き合いなのだから。
「逃げていたら誤解は解けない。その通りなんだ」
 ふいにアルベルトが口を開いた。
「だが、まず君を逃がさなきゃいけないと思ったんだ。成り行きで、流されているだけだとは分かってる。だから俺はちゃんと理由を考えようと思う。君も俺も、誤解を解いてアルヴィアに戻れる方法を。ミガーで何をするのかを」
 問題は先延ばしということか。リゼはそう意地悪く考えた。アルベルトが真面目で真剣なのは知ってる。真面目に考えているから、悩んでいるのだろうということも。――考えることを放棄している自分とは違って。
 ただ何が気に入らないって、ラオディキアを出た時と同じように、またこのお人好しに助けられたということだ。



「よぉ、アンジェラ」
スミルナ教会の自室で思案していると、ノックもなしに扉が開いた。アンジェラは入ってきた人物を一瞥して言った。
「お久しぶりです、ウィルツ。拝命式以来ですか」
「新米にして聖都に配属された首席殿に、おれみたいな下っ端が会う機会なんてねぇよ」
 自虐の皮をかぶった嫌味を言う同級生を、アンジェラは黙って見つめた。彼もまた、神学校時代から変わらない。最も、それほど付き合いはなかったけれど。
「最も同期トップもしくじることはあるらしいな。話は聞いたぜ。魔女を取り逃がしたんだって?」
「そんな話、どこから聞いたのです?」
「騎士の一人が言ってた。メリエ・リドスで指名手配犯の魔女と悪魔祓い師と思われてる人物を見たってな。見たのがそいつだけだから本当かどうかは分からねえけど」
 そう言いつつも、ウィルツは確信に満ちた様子で薄笑いを浮かべる。それを一瞥した後、アンジェラは静かに口を開いた。
「・・・魔女の逃亡に手を貸している悪魔祓い師がアルベルトだというのは本当だったのですね」
「ああ」
「あなたは追跡部隊の一人なのでしょう。途中で一度連絡がつかなくなったと聞きましたが」
「一度あいつらに追いついたんだが増水に巻き込まれて死にかけた。さすが魔女は容赦ねえよ。いつの間にか仲間が一人増えてるし」
 ウィルツは杖を放り出すと無造作にソファへ腰かけた。重みでソファが軋んだ音を立てる。
「アルベルトも戻る気ないみたいだしな。これであいつは完璧に悪魔堕ちした悪魔祓い師だ。魔女と一緒で火刑だな」
「・・・・・・」
「アンジェラ。お前はどうすんだ? 魔女と一緒にあいつを火刑台へ送れるか?」
「そういう貴方は全く躊躇いがないのですね。机を並べ共に学んだ仲間だというのに」
「あのクソ真面目な優等生が女に誑かされて悪魔堕ちしたなんて笑えるじゃねえか。劣等生のおれとしてはあいつが魔女と一緒に処刑される様を見てみたいね」
「相変わらずひねくれていますね」
「そりゃどうも」
 ウィルツは皮肉っぽく言ってから、再びアンジェラに質問を返した。
「お前はどうするんだ? アンジェラ」
「アルベルトの言っていることが真実か確かめます。彼は理由もなく誓願を破るような人ではありませんから」
「ふーん。聞いてどうすんだ?」
「彼が誤った信念の元に行動していると・・・・本当に悪魔堕ちしたと確認できたら、神の名の下に、彼を罰します。それだけです」
 きっぱりとそう告げてアンジェラは窓の外へ視線を移す。スミルナからでも南の青い海が臨める。
「でももし、アルベルトが正しかったら・・・・・」
 白く輝く光。数多くの悪魔を一度に浄化する能力。アンジェラは目にしたのだ。メリエ・リドスの中心で輝いていた悪魔を滅ぼす光を。悪魔祓い師のものではない白い光を。あれが本当に『救世主』の力なのだとしたら。もしかして――

――To be continued