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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ

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 部下を引き連れて、暗い市街地を歩く。一時課(午前六時)の鐘すらまだ鳴っていない時刻。宵闇の静寂を靴音で打ち破りながら、目的地へと向かう。
「異教徒の街といえど、メリエ・リドスはアルヴィアの一部です。市民を傷つけることのないようにしてください」
 昼間は騒がしいメリエ・リドスも夜明け前はとても静かだ。その静寂を、今から乱しに行くことになるかもしれない。任務のためとはいえ、市民の生活を脅かすことは本意ではないし、避けるつもりではある。ただ、
(――ごめんなさい。アルベルト)
 心の中で彼に詫びを入れた。本当は言うべきだったのかもしれない。そんなことを思いながら。



「ゴールトンが麻薬密売に関わってるというの?」
 胸ぐらをつかまれて縮こまる商人に、リゼはそう聞き返した。商人はおどおどしながら、
「出入国審査官に麻薬の輸入なんて出来るわけないだろう? それをメリエ・リドス商会がやっているんだ。ロドニーはそれを見逃す代わりに懐に金が入る。そうやってメリエ・リドスと教会は共生してるんだ」
 本当だとしたら聞き捨てならない話である。密売人を捕まえなくてはなどと言っておきながら、彼自身が密売人の元締めだったなんて。
「まさか。市長はそんな面倒なことするほど金の亡者ではありませんわ」
 有り得ない、とティリーが呟く。アルベルトは商人の方を向くと、リゼに続けて質問した。
「ロドニー審査官やゴールトン市長には直接会ったのか?」
「いや。でも命令を伝えに来た奴が裏でロドニーの名前を出しているのを聞いたんだ。市長側の奴ははっきり市長の命令だと言っていたし・・・」
「その命令を伝えに来た奴って誰なんですの?」
「し、知らん! 顔を隠してたし、聞いたことのない声だった!」
 なんだか信憑性のない話だ。
「・・・この人が言っているだけだ。本当かどうかなんてわからないな」
「第一、ゴールトンが密売に関わってるとして、どうしてこの辺りにアジトがあるなんて言ったのよ」
 本当にゴールトンが密売の黒幕なのだとしたら、アジトの場所など教えるわけがないだろう。
「とにかく、一度ゴールトンの所へ戻った方がいいんじゃない? こいつの言っていることが本当か確かめるべきね」
「ゴールトンが本当に麻薬密売の黒幕だったらどうするんですの?」
「その時はぶちのめしてやればいいだけの話」
 リゼがさらりと不穏な台詞を口にした時、苦笑していたアルベルトがふいに真面目な表情になって天井を見上げた。錆びた鉄骨がむき出しの天井に忙しく視線を彷徨わせる。突如ガタンっという音が上から降って来たかと思うと、アルベルトの視線が一点に集中した。
「悪魔だ!」
 天板が一枚、外れて落下した。床に当たって跳ね返り、甲高い金属音を立てて転がる。そこへ黒い影が重い音を立てて着地した。
 そいつには膨れた胴体に奇妙に細く長い手足が付いていた。顔らしき部分は潰れたようになっていて、眼球だけが妙に飛び出ている。それが四つん這いの状態でゆっくりと近付いてくる。
「ちょっと、なんなんですのあれ!? なんで街中に魔物がいるんですのよ!」
「し、知らない! ロドニーかゴールトンが入れたんじゃないのか!?」
「だとしたらここの番人ってことかしら」
 入った後に出てきたということはここに立ち入った人間を始末するのが仕事か。あるいは出てくるのが遅かっただけか。
「たまたまここに入り込んだ・・・ということはないだろうな」
 人気のない倉庫街とはいえ街中である。メリエ・リドスは大都市だけあって魔物に対する防衛策をしっかりしているようだし、飛行生物でもない限り街中まで入ってくることはないはずだが。
 ぺたり、ぺたりと足音を立てながら魔物はこちらを警戒しているかのようにゆっくり近付いてくる。それに向かって、リゼは容赦なく魔術を浴びせた。彼女の掌に収束する冷気。生み出された氷の刃が魔物を襲う。しかし魔物は予想以上に俊敏な動きで氷刃を躱した。
 リゼは剣を抜くと、魔物に接近した。ひしゃげた頭部に向かって斬りつけたが、魔物は後ろに跳んで避ける。すぐさま一歩踏み込んで追撃すると、剣が魔物の身体をかすめた。
『凍れ』
 剣を伝って冷気が魔物を襲う。魔物の身体の一部が凍りつき、動きを鈍らせたところで頭を刎ねようとした、が。
 剣はまたもや空を切った。魔物はリゼの前を素通りして、後ろにいたアルベルト達の方へ向かったのだ。そいつはまっすぐ正面にいたアルベルトに突進し――
 白刃一閃。魔物の手首がすっぱり斬り裂かれた。アルベルトが剣を抜いたのだ。生臭い液体が飛び散り、床を汚していく。生まれた一瞬の隙を狙って、アルベルトは魔物の頭部に向けて突きを放った。
 剣閃は少し逸れて魔物の肩口を抉った。高い、悲鳴のような咆哮が倉庫中に響く。神経を逆撫でする不愉快な音を浴びつつも、アルベルトは剣を引き、息も乱さず魔物の頭部を刎ねた。
「こいつ、俺を狙ったのか?」
 頭をなくして倒れる魔物を見つつ、アルベルトは剣を収めた。魔物が目の前にいる生き物を襲わずに通り過ぎていくことなどほとんどない。なにか他に狙いがあったのか。
「あ、ひょっとしてこの人を狙ったんじゃありません? 口封じのために」
「そ、そんな・・・」
 ティリーの発言に商人は怯え始めた。もう動かない魔物から少しでも離れようと後ずさる。といっても、後ろには麻薬が入った木箱が積み上げられているため、大して離れられず木箱に張り付くような格好になった。
「にしても変な形の魔物ですわね。魔物が変なのはいつものことですけど。元はなんだったのでしょう?」
 魔物の隣にしゃがみ込み、頭部のないそいつを観察する。よく見ると手には小さいながらも鋭い爪があり、下手に引っ掻かれると肉をごっそり持って行かれそうだ。
「魔物の元の姿なんてどうでもいい。それよりもなんでそいつがここにいるかが問題よ」
 魔物がこんなところにいるなんておかしい。一体誰が手引きしたのか・・・
「どうやら議論は後にした方がよさそうだ」
 すると、天井に視線を向けたまま、アルベルトは言った。
「まだいる」
 暗い天井の隅であの魔物達が数匹、唸り声を上げながらこちらを睨みつけていた。



 東の空がうっすらと白ずんでいる。夜明けが近付いてきているようだ。
 港ではすでに働き始めている者がいるようだが、役場にはさすがにまだ明かりは灯っていない。それをいいことに役場へ侵入しようとする影があった。
 鈍い金属音を立てて窓の錠が壊れた。窓を開けると残骸が床に落ちて、絨毯の上を音もなく転がる。
「誰もいないわね」
 ゴールトンの執務室に侵入したリゼは部屋に誰もいないことを確認してそう言った。続いて窓からティリーが入ってくる。
「ならちょうどいいですわ。家捜しさせてもらいましょう。市長が本当に密売の黒幕なのか、その証拠を見つけられるかもしれませんわ」
 彼女は分厚い絨毯の上に着地するなり、すぐさま執務机に向かう。
「証拠ね。見つけられたら話が速いけど」
「つべこべ言わず探してみればいいんですのよ。わたくしは市長が密売をしているとは思いませんけど。・・・あら、開きましたわ」