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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ

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 少女が叫ぶ。その叫び声に共鳴したかのように、周囲の闇がざわめいた。暗闇と靄が、渦巻きながら少女へと集まっていく。
 悪魔が、暗闇の中で啼いている。
『悪魔よ消えろ』
 たった一言、口にする。それだけで、黒い靄が消し飛ぶ。蠢く暗闇が消える。残るのは、無害な夜闇と月明かりだけ。
「―――ごめん。麻薬中毒は治せない」
 試してはみた。けれど傷を癒すのとも悪魔を祓うのとも違う。おそらく、やり方が違うのだ。やり方が分かれば出来るかもしれない。あくまで予想でしかないのだけど。
 魔術は万能じゃない。
 私は天使でも救世主でもない。



 真夜中の少し前、夢の世界をさまよっていたティリーは窓の開く大きな音で目を覚ました。飛び起きて目をこすっていると、リゼが窓から入ってこちらへ歩いて来るところだった。
「あんまり大きな音立てると見つかりますわよ・・・夜出歩くなんて褒められたことじゃないんですし」
 そう忠告してみると、リゼは片手を腰に当ててそっけなく切り返した。
「今更ね。それに、褒められたことしてないのはアルベルトも同じよ」
「・・・はい?」
「部屋にいなかった」
 ティリーはしばしその言葉を反芻した。えーっと、確か数日前、外に出られたら困ると言わなかっただろうか。言った気がする。それでも部屋にいない?
「どこに行ったんですの?」
「私が知るわけないでしょう。でも、何をしているかは明白ね」
 密売人探しか。やるのは勝手と言ったけれど、夜中抜け出してまでやるなんて思ったよりも本気らしい。
「夜中の街を出歩いたって密売人のことが分かるとは思えませんけど・・・何しているんでしょう?」
 昼間出られないとはいえ、真夜中に出たところで密売人だって寝ているだろうに。ティリーは考えこんだが、リゼはアルベルトが何をしているかはあまり気にならないらしい。それよりも、と言って、
「ゴールトンに会えるかしら」
 とつぶやいた。
「ええ、市長に報告した方がいいかも・・・って、今からですの!?」
「そうよ。本当はアルベルトに会う必要があったけど、いないなら後でいい」
「今から会ってどうするんですのよ」
「悪魔祓いが終わったの。下町の人の分はね」
「・・・終わったんですの? 四日で?」
 正確には三夜と少しか。メリエ・リドスの悪魔憑きがどれほどいるかは知らないが、少ないというわけでもないだろうに。どうにかしてついていく機会をうかがっていたのに、こうも早く終わるとは。
「メリエ・リドスの悪魔憑きは思ったより少なかった。それよりも、麻薬の方が深刻ね。悪魔憑きなのか麻薬中毒なのか分からないくらい酷い人が何人もいるから。――そのことを含めてゴールトンに色々聞きたいことがあるわ」
「はあ・・・仕方ありませんわね。行ってみましょう。わたくしも市長に報告したいことがありますし」



 夜中にもかかわらず、ゴールトンはすんなりと会ってくれた。書類整理をしていたらしく、リゼとティリーが部屋に入った時、秘書官のレーナにラウルと机に大量の書類を出して積み上げていた。
「派手にやってくれたらしいな、救世主さん」
 視線は書類に向けたまま、ゴールトンは言った。
「何の話?」
「メリエ・リドスの下町で悪魔憑きが減っているという報告を受けた。あんたの仕業だろう?」
「仕業と言えばそうね。それよりも、メリエ・リドスの悪魔憑きを全て祓ったけど中毒の人間が大勢いるわ。彼らの保護はできないの?」
「もちろんしているさ。しかし全てという訳にはいかなくてな。手が回ってないところもある」
「そう。なら次。悪魔憑きがいそうな場所があれば教えて」
 行けるところは一通り回ったのだが、なにしろ夜のことであるし、気付かないこともある。悪魔憑きに気付かないこともある。アルベルトにでも手伝わせれば探しやすくなるのだが、肝心の彼はいない。さすがに街中を探し回るのも効率が悪い。
「悪魔憑きがいそうな場所か。そりゃラウルに訊いた方が早いな」
 ゴールトンはそう言ってラウルの方を見た。ラウルは相変わらず疲れた様子でため息をつくと、
「悪魔憑きなら多いのは下町だ。だがもうそこは回っているんだろう。それ以外となると、中毒者を収容した病院は多い可能性が――」
「そこはもう行った」
 そう言うと、ティリーとラウルは驚いたような顔をした。
「そんなところにまで行ったんですの?」
「あれだけ悪魔の気配をさせておけば分かるわよ」
「・・・なら他に多そうな場所はないぞ」
 ラウルがまたため息をつきつつ言う。他にないのならあとはアルベルトにでも聞くしかないか。仕方ない。
「しかし、病院の患者の悪魔祓いをしたいのならいくらでも入れてやったのに」
 ゴールトンが書類から顔を上げてそう言った。確かにそれも考えたのだが、
「わざわざ頼みに行くのが面倒だっただけ。悪魔研究家がついてくる羽目になりそうだったしね」
 見つけたのが一日目の夜中のこと。頼むならさすがに朝になるまで待たないといけなかったし、そもそも入れるところをすぐに見つけたので頼みに行く必要もなかったのだ。
 リゼの返答に、ゴールトンはおかしそうに笑った。
「ティリーから聞いたぞ。悪魔研究家には術を見せない主義なんだってな」
「主義じゃない。興味本位で見ようとするやつに見せたくないだけ。使わなければいけない状況なら誰の前だろうと使うわ」
わざわざ目の前で披露して悪魔研究家やら魔術師やらの質問攻めで時間を取られるよりも、悪魔祓いに時間を使う方がいい。そう思っただけだ。隣でティリーが少しばかり不満げな顔をしていたが無視する。
「ラウルが言っていた“救世主”だっていう証明はこれでいいでしょう?」
 ラウルは何か言いたそうな顔をしたが、ゴールトンは腕を組み、
「心配しなくても、あんたが本物だっていうことはほぼ確定してる。ラウルが『証明しろ』と言ったのはまあ、こいつ自身が術を見たかったからだろうな」
「・・・私が本物だって確定しているのはティリーを信用しているから? それとも別に理由?」
「世の中には調べようと思えばいくらでも調べる方法が存在するもんだ。あんたは別に隠れる気はないんだろう? 悪魔祓いの術も魔術も何のためらいもなく使ってるからな」
「そうですわね。もうちょっと慎み深くしてもいいんじゃないかと思うぐらいには使ってますわ」
 ティリーもゴールトンの言葉に同意する。アルヴィア人の前では全く魔術を使わない彼女と比べれば、リゼはかなり魔術を使っている。どうせ教会には魔女だと言われているし、悪魔祓いの術だって使っているのだから使わないようにしたところで今更なのだが。
 それよりも。
「確定してる、ね。アルベルトが悪魔祓い師であることも確定しているのにミガーに行く方法を教えると。何を企んでるの?」
「俺はこの街では一応トップに立っているが、国単位になると下っ端の頭領でしかないからな。個人が知りうることには限界があるもんだ」
「そう。なら最後に一つ」
 リゼは腰に片手を当てて、つい先ほど生じた疑問を市長にぶつけた。
「調べようと思えばいくらでも調べる方法があると言っていたわね。この麻薬騒ぎの犯人、本当は分かってるんじゃないの?」