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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅱ

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 メリエ・リドスに来てから四日目のこと。ゴールトンに呼ばれたアルベルト達は、市長室に来ていた。
「先日の爆発騒ぎの調査結果を報告しまーす」
呑気にそう言ったのは、ゴールトンの秘書官の一人であるレーナという女性だった。緊張感のない口調に隣のラウルが呆れた顔をしている。しかし、そんなことを気にすることなく、レーナは報告を始めた。
「まず一つ目。爆弾を持っていたのは爆発騒ぎの前日、乱闘騒ぎで捕まった酔っ払いです。至近距離で爆発を受けたため瀕死状態でしたが、今朝話が出来る程度には回復しました。彼の話によると、爆弾は見ず知らずの相手からもらったそうです。なお、相手の容姿は覚えていないそうです」
 先ほどの間延びした声とは打って変わって真面目な報告だった。
「二つ目。使用された爆弾はごく一般的なものでした。破壊力は高いですが特に仕掛けがあるわけではありません」
「ところが妙な点が一つあった。爆弾の表面に魔力の痕跡が認められたんだ」
「魔力の痕跡?」
「ああ、火炎魔術のものではないかということは分かっている」
「あら、ひょっとしてそれでわたくしを呼んだんですの?」
 ティリーがそう言うと、ラウルはうなずいた。
「あいにく、火炎魔術の専門家が今いなくてな。悪いがあんたに頼みたい」
「得意なだけで専門家というほどでもありませんけど。仕方ありませんわね」
 ティリーは爆弾の残骸を受け取ると、それを机に置いて検分し始めた。金属片を一つつまみあげて、じっくりと観察する。他のいくつかの断片も同じように調べていった。
「紙を一枚いただいてもよろしいかしら」
 秘書官が差し出した紙を机に置くと、ティリーは爆弾の破片を紙の上に並べ始めた。まるでパズルでもしているかのように、ああでもないこうでもないと呟きつつ破片を並べていく。やがて全ての破片を並べ終えると、ティリーはその上に手をかざした。
『猛き焔よ。汝が印をここに現し給え』
 ティリーの手と破片の間に小さな炎が現れる。炎は渦巻き、細い筋となって形を取った後、一瞬激しく燃え上がって消えた。
「やっぱりただの爆弾じゃなかったみたいですわね」
 ティリーは破片をどけると、紙を手に取って広げて見せた。真っ白な紙に、図形が一つ黒く焼き付いている。円とそれに内接する三角形。中には細かい文字がいくつも書かれている。
「確かに火を表す紋章ですわ。爆弾の表面に書いてあったみたいですわね」
「それはどういう風に作用するものなんだ?」
 アルベルトが問うと、
「一言でいうと、呪文と同時に発火します。爆弾を爆発させるには十分ですわ」
 ティリーは至極簡潔に答えた。なるほど、これなら直接火をつける必要はなく、離れた場所からいくらでも爆発させられるということか。
「この紋章から、使用者につながることは分からないのか?」
「よくある単純な紋章ですもの。分かりようがないですわ。これならちょっと魔術をかじったことのある人なら誰でも書けます」
「でも離れた場所から発動させようと思ったら素人には無理でしょう」
 リゼが言ったが、ティリーは首を振って否定する。
「だとしても何の手がかりにもなりませんわ。だって、この役所だけで何人も魔術師がいるんですもの。メリエ・リドス全体となればもっとですわ。特定は無理です」
 結局、爆発騒ぎからは何もわからないという訳か。密売人のすぐ近くの牢での爆発騒ぎ、それもあのタイミングでだったから、密売人を逃がすためのものという可能性が高いのだが、これでは手掛かりになりそうにもなかった。
「あの密売人は? 何か妙なものを持っていたりとかは」
「これといって新発見はないな。持ち物は全部没収していたし、何か隠し持ってたわけでもなし。出来たのは死亡確認ぐらいだ」
 収穫ゼロか。
 なかなか密売人の尻尾はつかめない。報告を聞き終わったアルベルトは、とにかく爆発騒ぎのことを後でまとめておこうと、聞いた内容を頭の中で反芻した。
(火の魔術に爆弾か。ミガーの魔術と技術は、アルヴィアとは全く別のものなんだな・・・)
 もし、これがもっと大規模なものになったら。教会が魔術を恐れる理由が、実感を伴って理解できたような気がした。



 その夜のこと。
 リゼは悪魔憑きを探してメリエ・リドスの下町を一人歩いていた。
 悪魔がいる場所というのはどこも似たようなものだ。暗くて、重苦しくて、冷たくねっとりしたこの雰囲気。深呼吸をしたら、よどんだ冷気ごと悪魔を吸い込んでしまうと思い込んでしまうほど。
――冷気ってもっと澄み切ったもののはずなのに。
 暗闇の中から黒い塊が飛んでくる。それに向かって手をかざすと、塊は見えない壁にぶつかって火花を散らして消滅する。そろそろと這い寄る足元の靄を踏みつけて、浄化の魔術で焼き尽くす。悪魔が一匹消えるたび、吠えるような断末魔が耳朶を打つ。
「たすけて」
 微かに聞こえたのは、幼い少女の声だった。声のした方へ注意を向けると、小さな家の窓の向こうからすすり泣き声が聞こえてくる。割れた窓から覗き込むと、部屋の隅で少女が膝を抱えてうずくまっていた。
「くるしいよ。たすけて。たすけて」
 少女の周りに黒い靄が渦巻いている。間違いなく悪魔憑きだった。あれ程になるとアルベルトでなくても――それどころか少し勘がいい者ならば、見るだけで判別できるだろう。
 崩れかかったドアを開けて、狭い部屋の中に足を踏み入れる。少女の家族にでも見つかったら面倒だと思いつつ、静かに少女に近寄った。それでも歩く度に床板がぎしりと音をたてて軋む。
 物音に気付いたのか少女が振り返った。涙に濡れた少女の瞳は真っ赤に染まり、虚ろな色をしている。少女は無言でリゼを見上げた。色を失った唇が微かに動く。
 こわいよ。
そうだ。怖い。
暗闇は怖いのだ。
 静かに悪魔祓いの術を唱える。術の文言が終わると同時に、少女の身体から黒い靄が離れていく。その小さな身体に収まっていたとは信じられないほど多量の靄は、狭い部屋を真っ黒に染め上げた後、蒸発して消え失せた。
 少女が目を閉じる。かくっと体から力が抜ける。その様子を見て、リゼは少女の容体を確かめようとして手を伸ばした。
 その途中で、少女が目を開けた。
 もう瞳は赤くない。
 けれど虚ろな色は消えていなかった。
「まさか――」
 嫌な予想が頭に浮かんだ。まさか、こんな少女まで――
 少女の薄い肩を掴んで、強く揺すっても反応はない。それどころか、虚ろな目はそのままに、口元に不自然な薄笑いを浮かべている。
「わぁ。てんしさまだぁ」
 無邪気に少女は笑う。これが夜中で、少女の目が虚ろでなかったら、可愛らしく見えたかもしれない。けれど、月明かりに照らされた虚ろな笑顔はただただ不気味だった。
「てんしさま。わたしをすくってくれるんでしょ? おにいちゃんがいってたの。まいにちいいこにしてたらてんしさまがすくってくれるって。だからちゃんとおくすりものんだよ。にがかったけどのんだよ。だからたすけ、て」
 少女の顔が歪む。虚ろな笑顔から、恐怖に満ちた表情へと変わっていく。
「こわいよぉ。くらいのこわいよぉ。こわいこわいこわいこわいこわい!」