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そして、二人の旅のはじまり

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◆◆◆◆

 店の中に入ると、なにやら一悶着起きている雰囲気だった。
「お客様、これを代金の代わりに頂くわけには参りません。きちんとガルディ貨幣で支払って頂かないと……」
 給仕の男がやや困った口調で目の前に立っている女性に告げた。
「困ったわ。あたしもきちっと支払いたいのはやまやまなんですけど……あいにくとあとは船の代金しか持ち合わせがないんです」
 対する女性も困った口調で給仕に話している。美しい肢体を持つその女性の髪は銀色。翼の民、アイバーフィン族の若い女性だ。青い瞳が印象的だ。年の頃はミスティンキルとそう大差ないだろう。どうやら食事代の支払いについてもめ事を起こしているようだ。何を代わりに渡そうとしているのかは分からない。どのみちミスティンキルには他人がどうしようと関係のない話だった――はずなのだが、どうしてか不思議と彼女のことが気になった。
 ミスティンキルは別の給仕に声をかけて金を支払おうと財布を確かめたが、財布の中に残っているのはわずかばかりの硬貨だけだった。
 ミスティンキルは顔をしかめた。金はちゃんと持っていたように思っていたのだが、それは彼の思い違いだったのか、はたまた通りを歩いていてすられてしまったのか、定かではない。ひとつ言えるのはとても食事代を払えるほどの金はない、ということだけだった。
「十五ガルディになります。お客様」
 給仕の女性が容赦なく金額を告げる。この島の物価は総じて高いようだ。ミスティンキルは別の小袋を開け、中身を確かめた。だが、“これ”を果たして受け取ってもらえるだろうか? 貨幣でないと支払いには応じてくれないようだが、今やミスティンキルも、横にいるアイバーフィンの女性と立場は同じであった。
「これ……では駄目かな?」
 駄目でもともと、ミスティンキルはそれを給仕に渡した。給仕の目が一瞬丸くなる。やはり駄目なのだろうか?
「お客様、これを代金の代わりに下さる、と?」
 ミスティンキルは頷いた。
「困ります。こんなたいそうなものを頂いてしまっては。赤水晶《クィル・バラン》ですよ? こんな高価なものを……」

 ミスティンキルが渡したのは、ラディキア群島特産の赤水晶《クィル・バラン》だった。出すところに出せば、おそらく一人の人間が一週間分食べていけるほどの金額はするだろう。
 幸いにもどうやら受け取ってくれるようだが、昼食一人分と引き替えにするには高価すぎるものであり、給仕も困り果てているようだった。
「済まねえが、手持ちの金がないんだ。余ってる分はそうだな……携帯食の三、四日分でも頼む」
 と言いつつ、ちらと横を見ると、アイバーフィンの女とちょうど視線があった。
「……それと、彼女の分の払いも含めてくれないか?」
 ミスティンキルはとっさに思いついてそう言った。えっ、とそのアイバーフィンから小さな声が漏れる。
「そんな……いいんですか?」
 銀髪の彼女は訊いてきた。ミスティンキルはただ頷き、旅行用の携帯食が入った袋を給仕から受け取った。
「べつに……ちょっと思いついただけだ。あんたもそれで助かるんだろ? 困った時はお互い様、ってやつだ」
 ミスティンキルはやや照れながら、ぶっきらぼうにそう言った。給仕が支払いを承諾すると、彼は小さく頷いて店を出て行った。
「あっ……」と最後に聞こえてきたのは、アイバーフィンの女性の声。別に見返りがほしかったわけではないが、なぜか困っている彼女を放っておけなかったのだ。彼女の持つ何かが、自分を惹きつけたのだろうか?
「ふん……ばかばかしい」
 ミスティンキルはそう言い捨てて旅の荷物を背負い、東の桟橋へと足を急がせるのだった。

 ベーリンの桟橋は、島を離れる人々でごった返していた。今日出航する船はあと四便。今年最後の船が出るということで、切符を買う人の列は長く連なっている。船着き場で乗船の切符を買い求める際にも赤水晶《クィル・バラン》を貨幣の代わりに渡したが、受付の年老いた水夫はただ頷いて切符をミスティンキルに切って渡しただけだった。相応の価値があるものだと認めたのだろう。
 乗船口に向かうミスティンキルの袖がくぃっと引っ張られた。何かと思って横を見ると、切符を買い求める人の列に、さっきのアイバーフィンの女性がいて、彼女がミスティンキルの袖を引っ張っていたのだ。
「あの、さっきはありがとうございました。おかげで船に乗る分のお金が残せました」
 彼女は明朗な声でそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。
「そりゃあ良かった。けれど、アルトツァーンに着いた後のあては?」
「あ、大丈夫ですよ。港町から王都まで歩いて、春先までそこで働く……って感じでしょうね」
 ミスティンキルはそれを聞き流し、じゃあ、と手を挙げて彼女と別れると、再び乗船口へと向かった。ただ、彼女のことはやはり気になった。
(なんて言うか……上手く表現できないが、なんかしらおれと似たようなところがあるのか……?)
 もう会うこともない女性だろうが、ミスティンキルは直感的にそう感じていた。