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赤のミスティンキル

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§ 第五章 魔境の島



(一)

 ――ここに、魔導王国ラミシスの興亡について、あらためて著述する――

 今から遡ること千年ほど昔。世は統一国家アズニール王朝の時代。
 古代史研究家ノスクウェン・ルビスは、西方大陸《エヴェルク》のアル・フェイロス遺跡での探索中に一冊の本を見いだす。これこそが、古代アル・フェイロス時代に記述された魔法書だった。
 ルビスは親友の術使いクェルターグ・ラミシスと共に魔法書の判読に没頭していき、失われた魔法の体系を復活させた。ここに魔法学が誕生し、大規模な研究が進められることになった。
 術の素養を持つ者達がルビスらのもとを訪れるようになり、やがてルビスの住むヘイルワッドの町は、魔法研究の中枢として大いに発展していくことになるのだ。

 魔法体系は、クェルターグの孫ジェネーアの代には完成の域に達し、さらなる魔法研究が深耕されていくが、ジェネーアはその過程で錯乱状態に陥り、自ら発動した魔術によっていずこかに行方をくらました。
 ジェネーア・ラミシスは失踪後、魔法の禁断の領域である不死を追求しはじめた。
 ラミシスのもとに集った魔法使いのうち、最も才覚を現した者こそがスガルトであった。不死の研究の過程において、ジェネーアは自らの体を滅ぼし、魂をスガルトに宿らせたという。

 スガルトは“漆黒の導師”を名乗り、東方大陸《ユードフェンリル》南部の島に、ラミシス王国を興した。この魔導王国の目的は不死性を求めること。魔法という大いなる力を究極まで肥大化させることによって神々の領域に近づくことをその目的としていたのだ。

 ついにラミシス打倒の勢力が決起した。その筆頭は魔導師シング・ディール。彼はスガルトの血族であるが、漆黒の魔導師の狂気から逃れるために離縁していた。ディールはアズニール諸卿より助力を受け、軍勢を引き連れてラミシスに攻め入る。
 しかし、大陸と島とを隔てるスフフォイル海を渡る際、強力な魔力障壁に阻まれて戦力は壊滅、ディールは敗走することになる。

 ディールを助けたのは龍《ドゥール・サウベレーン》のヒュールリットだった。朱色《あけいろ》のヒュールリットは、“黒き災厄の時代”以来、未だ目を覚まさない龍達を呼び起こした。
 龍達はディールと共に行動を起こした。ディールとその軍勢は龍に乗り、“壁の塔”ギュルノーヴ・ギゼによる魔法障壁を打破してついに魔導王国へと至った。
 戦いをくぐり抜けたディールはヒュールリットと共に、王城オーヴ・ディンデの玉座の間に降り立った。魔法を極めた王スガルトといえども、龍とディールの力には敵わず、ディールの鍛えた剣、漆黒の雄飛“レヒン・ティルル”によって葬り去られた。
 王を失ったラミシスは浮き足立ち、アズニール軍と龍達によってあっけなく滅び去った。

 ――以来この島を訪れる者は絶え、邪気は消え失せ、島は自然に還って静けさを取り戻すのだった――

◆◆◆◆

 そして――
 今なお、ラミシスの島の全容は杳《よう》として知れない。人が住まない、人の立ち入りを拒絶する領域であるために、調査を行う必要がないことも理由のひとつだ。ただ、過去この地を訪れた者が記した文献や、冒険者――カストルウェンとレオウドゥール――の勲《いさおし》、ラミシス王国の人間が描いた地図によって、ある程度判明している部分もある。
 例えば大きさは、島と言うより陸地と言ったほうが近いと思われる。端から端まで踏破するのにかかる日数は、仮にすべて平地だとしても徒歩で一週間は要するとされている。ゆえに、アリューザ・ガルド北西にあるフェル・アルム島よりさらに大きな面積を持つというのが憶測だ。
 島の南東――王城がある中枢部と、中央部――枯れ野と呼ばれる平民の居住地域は平野だが、島はそのほとんどが森林で覆われている。ラミシス建国に際しては農耕地の確保のために大規模な開拓が行われたであろう。が、自然の力には勝てず、ラミシスは国家として大きくなることはできなかった。

 島の全域にわたって、海に面している周囲の陸地はすべて断崖絶壁となっており、ユードフェンリル大陸からの渡航者の往来を拒絶する。波の浸食によるものか、分厚い氷河が削り落としたものか――形成の経緯は定かではないが、ともかくこの岸壁は、三フィーレから高いところで四フィーレもの高さを誇る。
 当時、ラミシスの王国から逃げ出す者は、壁の塔からの監視の目を盗みながら、垂直の断崖に挑戦しなければならなかったのだ。飛行の術を行使できるような高位の魔法使いを除いては。落ちたとしたら下は岩場。助かるはずがない。ただし例外はある。大陸とのわずかな交易のために小さな港がもうけられ、その区域からのみ長く狭い坂を伝って島内に入り込むことが出来るようになっていた。

 ラミシスの島は外界とは隔絶された空間なのだ。




(二)

 “壁の塔”ギュルノーヴ・ギゼ。
 白い塔は、島の北西の突端――険しく切り立った岸壁から天を貫くようにまっすぐそびえ立っており、高さは四フィーレにも及ぶ。人工建造物としては他に類を見ない大きさである。唯一、匹敵するものは西方大陸《エヴェルク》にある世界樹くらいのものだろう。ただしあれは自然の創りだした奇跡だ。

 この塔は魔導王国ラミシスの非常に重要な防衛拠点であった。他国に攻め入るためではなく、防衛を目的として建造された。
 魔導師が編み上げた魔法を塔の構造が増幅させ、スフフォイル海に向けて強力な魔法障壁を展開させることができた。この壁は忌まわしい呪詛を持っており、アズニール軍をたやすく壊滅に追い込むほどの絶対的威力を持っていた。ラミシスの防衛体制は鉄壁だったのだ。
 しかし魔導師ディール率いるアズニール王朝軍は、次には龍《ドゥール・サウベレーン》達と共に攻め入り、龍の膨大な魔力をもって魔法障壁に対抗し、激しいせめぎ合いの果てについに障壁を突破したのだ。魔導師達は次なる障壁をすぐさま作りあげたものの、急造の魔法障壁では大いなる龍の力に勝てなかった。そしてこの地で龍と魔導師による戦いが繰り広げられる。三日三晩にわたる攻防の果てにアズニール王朝軍は“壁の塔”の攻略に成功、塔は陥落したのだった。

◆◆◆◆

 時は現在。
 襲いかかってきた竜《ゾアヴァンゲル》達を討ち果たしたミスティンキルとウィムリーフは、再び蒼龍アザスタンの背に乗って空を飛び、陸地を目指した。ただし霧がまとわりついてくるため、おおよその方角しか分からない。そこで地に詳しいヒュールリットは先行し、道案内役を務めるのだった。
 ミスティンキルもウィムリーフも今や精魂使い果たし、龍の背びれに寄りかかって茫然としていた。初めての戦闘行動。しかも竜との戦いである。
「あんな化け物をよく倒せたもんだな、おれ達は……」
 誰に呼びかけるでもなく、ミスティンキルは独りごちた。
 二人は各々の水筒から水を口に含み、またため息。その間の抜けた顔では“竜殺し”の勇者の名が泣くというものだが、それでも二人はぼうっとしたままだ。なんにせよ生きていてよかった。それが二人の共通した認識であろう。
 やがてウィムリーフが口を開いた。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥