落ちてきた将軍
家慶が振り向いた。
「あとは・・・頼むぞ」
「あっ!・・・はい!・・・お殿様!」
綾乃達は、わっと蘭に群がり、抱きつくようにして蘭を労わった。
午後になると、雲の切れ間から陽が差し出した、降臨をも感じさせる、神々しい幾筋もの光が、白い街並みを照らし出した。
蘭は息を吹き返した。ソファに座り、マグカップを両手で抱え、不思議そうな表情で、立ち上がる香りを嗅いでいた。
「ココアよ・・・口に合うかしら?」
「とても、良い香りがします・・・このような良い香りの飲み物は、初めてです」
「飲んでみて」
「はい」
目の前の、マグカップを抱く蘭が、凄まじい精神力を備えた女だと、誰が思うだろう。可憐で、美しく、そして、時に凛とした雰囲気を漂わせるくノ一。とてつもない魅力を持っている。その魅力は、容貌もさることながら、命を命とも思わない・・・いや、命は無いものと思っている蘭の潔さと、悲しみから来るものなのかもしれない。
綾乃は、そんな蘭に対して、嫉妬心を抱いた事が気恥ずかしくなった。きっと、妬みがあったのだと思う。自分の、どろっとした女の部分を恥じた。恥じると、綾乃は、素直に言う事を聞く蘭に愛おしさを感じた。いや、それ以上の感情が、沸々と湧いてきた。