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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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トランキライザーが手放せない

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気付けば、俺の歳は二十八になっていた。仕事はない。いや、働いてはいる。ただもっぱら人材派遣ばかりだ。
 俺には才能というものが見付からなかった。ないのではない、そう、“見つからない”のだ。俺にしか出来ないことが何かある。俺にも出来ることが何か一つはある。そう信じて今日まで生きてきた。一般採用職を泣く泣く見送ってきた二十代前半。アルバイトをしても仕事を覚えられなかった二十代の半ば。そして二十八の今、派遣でどうにか食いつないでいる。こんなはずじゃなかった。こんな灰色の人生を送るつもりじゃなかった。そんな後悔も、結局は日々に忙殺されてしまう。
 そんなある日のことだった。夜勤明けの仕事で、俺は引越しの荷物を壊してしまった。自分よりも年下の正規社員の男に一方的になじられるハメとなる。
「そんなんだからその歳になっても派遣なんかしてるんだ。頭が使えないから身体を使ってるくせに、肝心の身体すら覚束ないようじゃ無能もいいとこだ。これだから派遣は! これだから“底辺”は!」
 その言葉に、俺は思わずカッとなって殴りかかった。一発殴っただけだ。どうせ問題が起きたとしても派遣の俺には大して痛くもない。会社の出入りが禁止になるくらいだろう。そんな軽い気持ちでやった突発的な行動。けれど打たれて倒れた男はピクリともしない。
「……死んで、いる?」
 男は死んでいた。いや、ありえないだろ。俺はまともに人なんて殴ったことはないんだぞ? 喧嘩だってしたことない。格闘技だって未経験だ。それなのに握ったと思った拳はなぜが勝手に掌打になっていて、男のあごを当たるとその首を四十五度、あらぬ方向へグニャリと曲がった。
 こんな時に、こんな所で、こんな予期せぬビギナーズラックなんて発生するのか!?
 けれど放心なんてしている場合じゃない。早くこの死体をどうにかしなくては。まだ始まってすらいない人生を、こんな不本意なカタチで終わらせられるか!
 男の持っていた車のトランクに、死んだ男本人を積載してその場を逃亡するも、いったいどうやって処理すればいいんだ。海や湖に捨てても腐乱してガスが出るようになれば浮かび上がってくるし、専用の火葬場でもないかぎり人一人を完全に燃やしきるなんてとても無理だ。日本の年間失踪者数は毎年何万人にもなる。死体さえ見つからなければ失踪者扱いになるっていうのに。
 何日も車を走らせ、車の中で寝泊りをしながら処分の方法を探すも、結局なにの進展しなかった。逃亡するのにも疲れた俺は、仕方なくたどり着いた知らない町のネットカフェで過ごすことにした。するとその夜、ネットの掲示板で闇の死体処理業者、『人肉精肉店』という都市伝説を発見する。「これだっ!」と思った。だからすぐにそれに関するレスを調べ上げた。けれども情報のほとんどは“どうせ■■だろう”“たぶん■■なんだ”などの胡乱で不確かなものばかりで、結局めぼしい糸口は見付からなかった。
 しかしその日の深夜、事態は風雲急を告げる。男子トイレの個室で用を足していると不意に隣から声をかけられたのだ。しかも女の声で。……て、ここは男子トイレだぞ。
 そんなことは意に介さない様子の女は、自身を情報屋『トイレの花子さん』と名乗る。なんでもこの街一帯のネットカフェのパソコンはすべて『花子』がハッキングしているらしく、俺が熱心に『人肉精肉店』について調べているのに興味を持ったのだと言う。まったく余計なお世話だ。というかフツーに犯罪行為だろう。しかし俺も人を殺している手前、あまり強いことは言えなかった。
 すると『花子』は俺にある情報を買わないかと商談を持ちかけてくる。それは──、
「『人肉精肉店』の場所を教えるよ」
 という核心を突く情報だった。ただし十万で。見るからに、いや聞くからに怪しい。……けれど俺には他に頼るツテもない。おまけに金もない。
 そんなこんなで下手に嘘を吐いて痛い腹を探られても仕様がないので、素直に金が工面できないことを伝えた。すると『花子』は──、
「はぁ……、ならオオマケにマケて三万でいいよ。初回サービス! いや~、お兄さんツイてるね~」などとのたまって来た。
 しかも幸か不幸か財布にはちょうど諭吉が三人、ブサイクな顔を並べていた。
「……………………」
 そうして俺は彼女の情報を買った。背水の陣に臨む、虎穴に入らずんば虎子を得ず、と自分には言い聞かせたが、よくよく考えれば詰め腹を切らされたようなものだ。
 が、悩んでいても始まらない。俺は夜も開けぬ深夜、教えられた場所へ赴くことにした。
 深夜の国道を走らせた先にあったのは港の近くにある寂れたシャッター商店街。そこにある小さな町の肉屋。その横にあるつぶれたテナントビルから地下へ続く長い階段の先にあったのは『雨月堂』という看板。
「雨月堂……」
 それがこの『人肉精肉店』の名前か。
 カウンターに置かれている卓上ベルに呼ばれて出てきたのは頭に青いバンダナを巻いたやたら面の作りのいい若い男だった。正直熊のような大男を予想していたんだが、どうやらこいつが店主らしい。日本人の顔つきではない。形容するならバタ臭い顔のアジア人といった容貌だった。俺よりも明らかに年下、二十代前半ほどだろう。
 俺はすぐに死体を買ってほしいと伝えた。バンダナの男、『青頭巾』はそんなサービスはしていないが、『モノ』によって金を出してくれると穏やかな口調で説明してくれた。
『青頭巾』を車へ案内しトランクを開ける。と、そいつはすぐに顔色をくもらせた。
「こんな腐りかけの死体、店に置けるわけねぇだろ」
 無常な一言に、俺は膝を崩して絶望した。終わった、始まる前に人生が終わってしまった。その時だった。『青頭巾』がナイフを取り出し俺に襲いかかってきた。『店』のことを口外されないための口封じに!
 不思議と、身体が自然に動き、ナイフをよけて『青頭巾』に蹴りまでかましていた。驚く青頭巾。俺だって驚いたさ!
 けれど殺らなきゃ殺られる。そう思ったら、やっぱり身体が勝手に動く。青頭巾の軍隊格闘術じみたナイフをよけた後、すぐにカウンターに転じている。そうして何合目かの殺し合いで、俺は青頭巾を組み伏せて首を絞めていた。このまま親指で気管をつぶしてしまえば、こいつは死ぬ……しぬ?
 急に怖くなって手を離すと、青頭巾はいっしょに仕事をしないかと誘ってきた。
「お前には先天的な人殺しの才能を持っている」
 だから俺に商品(ニンゲン)調達の人狩り(マン・ハンター)になれと。代わりに死体を処理してやるという取り引き。
 ずっと信じていた自分の才能。それはもっとも人としてあってはならない最低な事柄だった。それでもやっぱり、俺は自分が可愛くてしょうがないようだ。おっかなびっくりながらも“仕事”を始めて、いつの間にか慣れていって、なんだかんだでやりがいを感じる一連の過程を通り越しても、“天職”は俺のものになっていく。
 それでもやっぱり夜は怖くて眠れない。ドキドキ、ドキドキして、だから今でも、俺はトランキライザーが手放せない。