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フェル・アルム刻記 追補編

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「ライカと、ライカのじい様と話をしたことがあったんだ。そうして、ライカが成人を迎えるまでは待つことに決めた。アイバーフィンが成人を迎えるのは五十歳なんだとさ。今はまだ四十五歳だからあと五年、かな。まあそれを言っちゃったら、土の民セルアンディルとなった俺の成人というのは一体いつになるんだろうな?」
 ルードは笑って、言葉を続けた。
「それに結婚よりも躍起になってることがあってさ」
「それは、なに?」
「手紙にも書いてたけれども、俺達は冒険と称しながら、各地を旅してきた。その中にも楽しかったこと、辛かったこと。いろいろあった。そして生きるか死ぬかの瀬戸際に立ったことだって二度や三度じゃない。……俺は、冒険行を本として残したいと考えている。俺達が歩んだ冒険行を読んでくれる人がいたら――そしてその人の心の支えになったらいいなあと思っている」
「夢、か……」
 サイファはひとりごちた。
 ルードの夢はけして幻想などではない。彼の熱意のこもった心を見ることが出来たのなら、きっと宝石のごとく輝きを放っているに違いないだろう。そしてライカもまた同様に。彼ら自身の心の奥底に潜んでいた煌めきを探し当て、そしてさらに磨いているのだ。夢を実現させるために。
 自分もそうありたいものだ。サイファはあらためて思った。
「……ま、ついでに有力諸侯の資金を得ることが出来たのなら越したことはないとも考えてたりするんだけどな。好きでやってることだといっても、アリューザ・ガルド各地を巡るのってそれなりにお金がかかるもんだし、さ。まだまだ行きたいところは尽きないよ」
「うらやましいもんだ。私も君たちについていきたいと心底思うよ。私もまた、アリューザ・ガルドを見てみたい。手紙を読むにつけ、毎回そう思うんだ」
「でもさ、サイファは見つけているだろ? この国で、国王として、熱意を持ってやるべきことを。……あとは、そうだな……婿さん探しかな?」
「ふふん……婿さん探し、ねえ」
 サイファは人差し指を唇に当て、笑ってみせた。
「実は、するんだよ。結婚」

 サイファの言葉は時として――いつもかもしれないが――意表をついてくる。その中でも今の言葉は間違いなく衝撃的だったに違いない。あんぐりと口を開けたままのルードに対し、サイファは言った。
「ああ。実はこれを話したのは君が初めてだ。私のまわりだって誰も知らないはず……ああ、ウェインだったら知っててもおかしくはないかな? 来年になって早々に発表をするつもりなんだ」
「はあ……いや、驚いたよ。それで、誰となんだい?」
「現近衛隊長、そして烈火の将軍のウェルキア・ケノーグだよ。詳しいいきさつは、君たちがアヴィザノに来たときに話すよ。のろけ話まで含めてね。まあ、たぶん長くなると思うぞ」
 出来ればアヴィザノまで来てほしいな。そう言ってサイファは笑った。
 ひとつの幸せを自分は得ようとしている。けれども終点ではない。これからまだ、自分には為すべきことがたくさんあるのだ。自分のこと、そしてフェル・アルムのことについて、彼女なりの考えを持っている。それらは決して、簡単に為せるものではない。心の炎を絶やさずに持ち続けることが大切なのだ。

* * *

「……ん? この気配は、ハーンか?」
 ルードが言うなり、二人のすぐ横の空間がいびつに歪む。まるで水がとぐろを巻いたふうになったその空間から、いくつかの文字が浮かび上がってくる。サイファもルードも、これが何なのか分かっている。ハーンから届く魔法の伝言だ。
 本来、神の技はこんな些細なことに使うべきものではないのだろうが、あえて行使してしまうところが何ともハーンらしい。

『やあ。すまない。アリューザ・ガルドに着くのが遅れてしまっている。サイファとルード君達も既に落ち合っていると思うんだけれど、僕がそちらに行くまであと一刻ほど待ってくれないかな? ディトゥア神族の会合を済ませたんだけれども、ちょっとその後で思い立って、とあるところに寄ろうと思ってね。まあ、みんなが揃うことになるんだからさ。想像はつくと思うけれど……。
 会える時をお楽しみに! ティアー・ハーン 』

 二人がその文字を読み終わると同時に、字は消え失せて空間も元に戻った。
 ルードは苦笑を漏らした。
「一刻も待たなきゃならないっていうのかよ? しようがない。宿に戻って、ライカを起こしにいってくるかな? サイファはどうする?」
「私もついていくよ。ここでひとりで待ってても寂しいし、それにこの海風はけっこう寒い」
「それもそうだな。それじゃあ行こう。ライカのやつ、起きたら目の前に国王陛下がおわすとなったらさぞ驚くだろうな」
 少々時間が長引いてしまうな、とサイファは心の中でウェルキア達に再度詫びた。さすがに今夜催される予定の晩餐会に欠席したら問題であろうが。
(いや……)
 いっそのこと、ルード達に同席してもらうのも手かもしれないな、とサイファは考え、そして決断するのだった。運命の渦中に存在した自分達五人、そして“彼ら”との再会は、どんなに素晴らしいものになるのだろう!
(ジルにまた会えるんだ!)
 サイファは心躍らせながら、ルードと共に歩いていくのであった。

 港町に雪がちらつきはじめる。陽の光を受けたそれらは、なお白く輝く。
 しばらくはここフェル・アルム島で皆が一緒に過ごす、楽しい日々が続くだろう。
 いずれ、再び離ればなれになる時が来る。しかし孤独とはもはや無縁だ。自分達の持つ心の煌めきが共にある限り、強く結びついているのだから。



      【終】


   そして彼らの情熱は終わることがない――。