ストロベリキューブメモリアル第一回
こんなことを思ってしまうのは、自惚れだろうか。彼が私のことを見る時、その瞳が緊張して潤んでいる、その頬がわずかに染まっている、そう思うのは。その姿は、私なんかとは違って、まるで猫のような目つきでこちらを見て、ハネている金髪がきらきらして、私にとってはもう、可愛くて、可愛くて、仕方なくて。・・君なら、私を、もしかしたら、なんて思ったりして、バカみたいだなって、思い直したりして。そうやって日々が過ぎて行って、あっという間に3年過ぎてた。
一度でいいから、声を掛けてみたい、そう思って何度かチャレンジしてみた。でも、やっぱり勇気が出なくて、最後の一歩が踏み出せなくて。自分でいうのもなんだけど、私は人受けはとってもいい。優等生ぶってるし。でも、そんな自分、本当は大嫌いだから、彼には、本当の自分を見せたい・・嘘はつきたくない。だから余計声、掛けられないんだけど。ものすごい贅沢なこと、想像してみる。もし彼が私のことを好きに、なってくれたら、って。甘えさせてくれたらって。知ってる?私、優等生かもしれないけど、友達は、一人もいないんだよ。・・・・ねえ、私の友達になって。できたら、すごい贅沢を言うなら、私を好きになって、愛して、それで、私を君でいっぱいにして・・・・
夏服の白いスカーフをきゅ、と結ぶ。聖歌隊の黒いセーラー。結構気に入ってる。秋服はめっちゃ微妙だけど、と思う。姿見に顔を近づけてうーん、と唸る。なんとかならんもんかなあ、とハネる金髪を撫でつける。手を離したところからぴよん、と髪が跳ね返る。はあ、とため息をついた。
「ジャン坊ちゃん?ご支度はできました?早くしろってローレンツ様がイライラしてるんですけど・・・」
「あ、ごめん、今行くよ。ありがとな、マーガリン」
「いえいえ」マーガリン、ジャンの家に住み込みで働いている魔術師がニコッとする。魔法薬の実験の失敗であり得ない色になった(白髪に近い水色になっている)髪の毛は肩のあたりでピンピンハネている。四角いメガネが欠かせない、極度の近眼だった。ピーグリーンのキレイな瞳をくるん、と輝かせて彼女が言う。
「今日も、頑張って行ってらっしゃいませ!ジャン坊ちゃん」
「行ってきますー」マーガリンに手を振って家から出た。
「おそーーーー」門のところでローレンツが腕を組んで半眼でこっちを見ている。
「ごめんって、兄貴。行こう。」自分より随分背の高い兄と並んで歩きだす。
兄のローレンツ・ブラマンテは家の跡取りで、もう父親の仕事を手伝い始めている。ジャンの家は貿易を扱う新興の貴族であった。兄のローレンツは、ジャンとは違って目は綺麗な碧色でそばかすもなく、いわゆるもてそうな顔だった。しかし、浮いた話一つなく、仕事が終わったらまっすぐ家に帰ってくる。なんでも他国に旅に行った時知り合った女性と結婚の約束をしているらしかった。なのでこの国ではもっぱらジャンにべったりだ。弟大好きの兄であった。
「馬車で行く?遅いし。」
「う?ああ、そうだな、そうしよ」家付きの馬車と御者がすぐやってきて二人は馬車に乗り込んだ。
がたがた、ごとごと。馬車が揺れる。
「うー・・ねむい・・」ジャンがとろん、とし出す。
「よっかかってもいいぞ?こっち、ほら」
「い、いいって。子供じゃあるまいし・・・うーくそ」とろとろ。見かねてローレンツがジャンの肩を引き寄せて自分の肩に頭を乗せさせる。
「いーからいーから、よ、と」こてん。
「いいって、いってんのに・・くー」文句を言いながらも寝入ってしまうジャン。ローレンツはそれを見て軽く頭をなでると穏やかに微笑んだ。
城と市場の境目の橋の所で馬車を降りて別れる。ローレンツは父親の働く、家が所有している倉庫兼事務所へ、ジャンは聖歌隊のある城へとそれぞれ向かう。涼しい風が吹いていた。もう夏も終わりなのだな、と感じる。夏服じゃちょっと、寒いや、そんなことを思いながら城の門をくぐって中へ。
教室に入る。なんとか間に合ったみたいだ。いつもの後ろの方の長机に教科書の束を置く。席についてふー、と一息つく。城付きのこの聖歌隊は学校のように午前中は授業を行う。午後は大聖堂で歌の練習だ。先生は両方とも城付きの神父が務めている。教室を見渡す。
(あれ?まだあいつ来てないのか・・え?遅刻?まさかなあ)
「みなさあんーおはようございますー」間もなく神父が教室に入ってきた。
「なんだか涼しくなってきましたねー、えっと・・・?あ、出席をとりますね〜」出席簿を開きながらのんびりとはじめる。いつものことだ。神父は年齢・・多分30歳くらい、上背はあるがひょろりとしていて、栗色の肩にかかる長さの縦ロールと穏やかなワインレッドの瞳はまるで女性のようであった。仕草もまるで女性そのもの。
「えー」ばたばたばた!バタン!いきなり勢いよく教室のドアが開いた。神父がきょとん、として音のした方を見る。他の生徒たちも思わずそちらを見てしまっている。ジャンはあ、と思った。
「は、ぁ、す、すみません・・遅れました・・」軽く息を乱しながら飛び込んできたのはソリティアだった。
「あら、ソリティアくん、おはようございます。まだ出席とってないからぎりぎりせーーふよ、よかったわね」
「え、そうですか、よかった・・」ほっとした様子を見せるソリティア。ジャンはその姿をぽやっと眺める。相も変わらずなんて奴だろう。透き通るような白い肌にすこし柔らかそうな、でもすらっと伸びた手足。細い指に、遠くからでも分かる長い睫毛。背中の真ん中まで伸ばした、美しくウエーブした髪の毛の乱れた毛先は、窓から入ってくる朝日に照らされてピンク色に光って透けている。
「よし、ソリティアくん出席、と」神父がしるしを付けている。ソリティアは息を整えるといつもの席へと向かう・・・かと思いきや。教室の後ろまで来てジャンの席の所で立ち止まった。え、なに、なにと思う。ソリティアはにこ、と笑った。
「ここ、空いてる、よね?」ジャンの座っている長机の空いてる方を指し示す。なんとも中性的な声。
「あ、ああ、空いてるよ」
「じゃあ、座ってもいい?」淡いピンクとバイオレットのオッドアイがこちらを見つめている。これは夢?じゃないよな。え、でもなんで?それにしてもやっぱものすごい睫毛長いな・・。などと思っている場合じゃなかった。
「あ、うん・・どうぞ・・・・・何?」
「今日、一日、よろしくね。ブラマンテ君」手を差し出される。握手する、ってことですか?と思う。おず、としながら、しかしなるべくそれを悟られないようにきゅ、と手を握り返した。ぷにっとした手だった。うわ、柔らかい・・ソリティアはまたニコッと笑った。すごく綺麗で、思わず見とれてしまう。ソリティアはすとん、とジャンの隣に腰を下ろした。ふわり、と彼のつけている香水のいい香りがする。ジャンはドキドキした。
一度でいいから、声を掛けてみたい、そう思って何度かチャレンジしてみた。でも、やっぱり勇気が出なくて、最後の一歩が踏み出せなくて。自分でいうのもなんだけど、私は人受けはとってもいい。優等生ぶってるし。でも、そんな自分、本当は大嫌いだから、彼には、本当の自分を見せたい・・嘘はつきたくない。だから余計声、掛けられないんだけど。ものすごい贅沢なこと、想像してみる。もし彼が私のことを好きに、なってくれたら、って。甘えさせてくれたらって。知ってる?私、優等生かもしれないけど、友達は、一人もいないんだよ。・・・・ねえ、私の友達になって。できたら、すごい贅沢を言うなら、私を好きになって、愛して、それで、私を君でいっぱいにして・・・・
夏服の白いスカーフをきゅ、と結ぶ。聖歌隊の黒いセーラー。結構気に入ってる。秋服はめっちゃ微妙だけど、と思う。姿見に顔を近づけてうーん、と唸る。なんとかならんもんかなあ、とハネる金髪を撫でつける。手を離したところからぴよん、と髪が跳ね返る。はあ、とため息をついた。
「ジャン坊ちゃん?ご支度はできました?早くしろってローレンツ様がイライラしてるんですけど・・・」
「あ、ごめん、今行くよ。ありがとな、マーガリン」
「いえいえ」マーガリン、ジャンの家に住み込みで働いている魔術師がニコッとする。魔法薬の実験の失敗であり得ない色になった(白髪に近い水色になっている)髪の毛は肩のあたりでピンピンハネている。四角いメガネが欠かせない、極度の近眼だった。ピーグリーンのキレイな瞳をくるん、と輝かせて彼女が言う。
「今日も、頑張って行ってらっしゃいませ!ジャン坊ちゃん」
「行ってきますー」マーガリンに手を振って家から出た。
「おそーーーー」門のところでローレンツが腕を組んで半眼でこっちを見ている。
「ごめんって、兄貴。行こう。」自分より随分背の高い兄と並んで歩きだす。
兄のローレンツ・ブラマンテは家の跡取りで、もう父親の仕事を手伝い始めている。ジャンの家は貿易を扱う新興の貴族であった。兄のローレンツは、ジャンとは違って目は綺麗な碧色でそばかすもなく、いわゆるもてそうな顔だった。しかし、浮いた話一つなく、仕事が終わったらまっすぐ家に帰ってくる。なんでも他国に旅に行った時知り合った女性と結婚の約束をしているらしかった。なのでこの国ではもっぱらジャンにべったりだ。弟大好きの兄であった。
「馬車で行く?遅いし。」
「う?ああ、そうだな、そうしよ」家付きの馬車と御者がすぐやってきて二人は馬車に乗り込んだ。
がたがた、ごとごと。馬車が揺れる。
「うー・・ねむい・・」ジャンがとろん、とし出す。
「よっかかってもいいぞ?こっち、ほら」
「い、いいって。子供じゃあるまいし・・・うーくそ」とろとろ。見かねてローレンツがジャンの肩を引き寄せて自分の肩に頭を乗せさせる。
「いーからいーから、よ、と」こてん。
「いいって、いってんのに・・くー」文句を言いながらも寝入ってしまうジャン。ローレンツはそれを見て軽く頭をなでると穏やかに微笑んだ。
城と市場の境目の橋の所で馬車を降りて別れる。ローレンツは父親の働く、家が所有している倉庫兼事務所へ、ジャンは聖歌隊のある城へとそれぞれ向かう。涼しい風が吹いていた。もう夏も終わりなのだな、と感じる。夏服じゃちょっと、寒いや、そんなことを思いながら城の門をくぐって中へ。
教室に入る。なんとか間に合ったみたいだ。いつもの後ろの方の長机に教科書の束を置く。席についてふー、と一息つく。城付きのこの聖歌隊は学校のように午前中は授業を行う。午後は大聖堂で歌の練習だ。先生は両方とも城付きの神父が務めている。教室を見渡す。
(あれ?まだあいつ来てないのか・・え?遅刻?まさかなあ)
「みなさあんーおはようございますー」間もなく神父が教室に入ってきた。
「なんだか涼しくなってきましたねー、えっと・・・?あ、出席をとりますね〜」出席簿を開きながらのんびりとはじめる。いつものことだ。神父は年齢・・多分30歳くらい、上背はあるがひょろりとしていて、栗色の肩にかかる長さの縦ロールと穏やかなワインレッドの瞳はまるで女性のようであった。仕草もまるで女性そのもの。
「えー」ばたばたばた!バタン!いきなり勢いよく教室のドアが開いた。神父がきょとん、として音のした方を見る。他の生徒たちも思わずそちらを見てしまっている。ジャンはあ、と思った。
「は、ぁ、す、すみません・・遅れました・・」軽く息を乱しながら飛び込んできたのはソリティアだった。
「あら、ソリティアくん、おはようございます。まだ出席とってないからぎりぎりせーーふよ、よかったわね」
「え、そうですか、よかった・・」ほっとした様子を見せるソリティア。ジャンはその姿をぽやっと眺める。相も変わらずなんて奴だろう。透き通るような白い肌にすこし柔らかそうな、でもすらっと伸びた手足。細い指に、遠くからでも分かる長い睫毛。背中の真ん中まで伸ばした、美しくウエーブした髪の毛の乱れた毛先は、窓から入ってくる朝日に照らされてピンク色に光って透けている。
「よし、ソリティアくん出席、と」神父がしるしを付けている。ソリティアは息を整えるといつもの席へと向かう・・・かと思いきや。教室の後ろまで来てジャンの席の所で立ち止まった。え、なに、なにと思う。ソリティアはにこ、と笑った。
「ここ、空いてる、よね?」ジャンの座っている長机の空いてる方を指し示す。なんとも中性的な声。
「あ、ああ、空いてるよ」
「じゃあ、座ってもいい?」淡いピンクとバイオレットのオッドアイがこちらを見つめている。これは夢?じゃないよな。え、でもなんで?それにしてもやっぱものすごい睫毛長いな・・。などと思っている場合じゃなかった。
「あ、うん・・どうぞ・・・・・何?」
「今日、一日、よろしくね。ブラマンテ君」手を差し出される。握手する、ってことですか?と思う。おず、としながら、しかしなるべくそれを悟られないようにきゅ、と手を握り返した。ぷにっとした手だった。うわ、柔らかい・・ソリティアはまたニコッと笑った。すごく綺麗で、思わず見とれてしまう。ソリティアはすとん、とジャンの隣に腰を下ろした。ふわり、と彼のつけている香水のいい香りがする。ジャンはドキドキした。
作品名:ストロベリキューブメモリアル第一回 作家名:鞠嶋美尋