[掌編]年の瀬
「・・・んん・・・・・・。みぃ、か・・・・・・?」
「そうだよ。りゅうくん。もう一年が終わっちゃうよ。交代の時期だよ」
「・・・・・・そうか・・・。ふぁ、ああ・・・。よく寝たなぁ」
「もう、りゅうくんってば。また今年も寝て過ごしたの?」
「ああ、そうだよ。することもないしな」
「なに言ってるの。することたくさんあるじゃない。りゅうくんの担当は戦争でしょ?」
「そうだったか?」
「とぼけてもだめだよっ。もう! 平和が売りの国なのに、少し剣呑になってるよ。りゅうくんの責任だよ?」
「おれの責任・・・? ばかいうなよ。神が人間に責任を負うなんて、それは昔の話だ」
「昔の話なんかじゃないよ。わたしたちが導かなくてどうするの」
「導く? どうやって導くっていうんだ? やつらはもうおれたちを認めない。おれたちの声なんか届かないんだよ」
「たしかに・・・それは、昔に比べればそうだけど・・・・・・」
「だろう? この国の人間達は自分たちで歩いていくって決めたんだ。もう神の教えなんて必要ないんだよ。せいぜいがこの時期、やかましいくらいがしゃがしゃ鈴を鳴らして勝手な願いをぶつぶつ呟くのが関の山だ」
「でも求めているよ。みんな、わたしたちを」
「そうかい。みぃは求められているのかもな。みぃの司るのは、まだまだ神がかっているだろうからな」
「わたしだけじゃない。りゅうくんだって、人間は求めているよ。きっと、・・・ただ名前を忘れちゃっただけだよ・・・」
「そうかもな。でも、なにもおれだけじゃない。他の十神だって、まともに働いているやつなんかいない。その証拠に、ほら、去年の卯の野郎なんか、現世の畜生とまぐわってる隙に、クジラにやられただろう」
「あれは・・・もしわかっていても・・・・・・っ」
「そうだな。だから、卯を責めるやつもいない。わかっているんだよ。神が人間を救う時代なんて終わったって。その内に、おれたちは殺されるのかもな」
「そんな・・・・・・っ! どうして、どうしてそんなこと言うの? りゅうくん、昔はあんなに人間のこと、大切にしていたのに・・・」
「昔だろ? あの頃の人間はかわいかった。なにせ、あの時代のやつらは愚かだったからなぁ。争うことしか出来なかった。だからおれも手を差し伸べた。喧嘩を止めるのは、親の勤めってね」
「いまだって、まだまだ人間は・・・・・・わたしたちの助けを必要としてるよ」
「いーや。それは過保護ってものだ。もうこの国の人間は知っている。ただ昔の火が燻るものだから、それを御すのに苦心しているに過ぎない。いま手を差し伸べたら、それこそやつらは傀儡になる。待っているのは滅びだけだ」
「りゅうくんは、そんなことを言って、結局は手に負えないって諦めただけなんでしょ・・・?」
「・・・・・・ふん。さあな」
「それじゃだめだよりゅうくん・・・っ!」
「るさいなぁ・・・。ま、いいや。そろそろ、交代の時間なんだろ? 十二年後になったらまた考えてやるよ」
「りゅうくんっ! もう・・・っ!」
「で、あとどのくらい? 人間共から酒でもかっぱらってくるかな」
「だめだよそんなことしちゃ! えっとね、あと一時間くらいかな?」
「そうかそうか。もうそんな時間か。んじゃ、ちょっくら地上行脚でもしてくるかな。困った人間がいたら、そうだな、折角だ、“救い”を与えてやろうじゃないか」
「ちょ、ちょっとりゅうくん・・・・・・?! だめだよ! 人間を殺すなんて・・・!」
「“救う”んだよ。神に殺された者はことごとく極楽浄土行きだ。これ以上の救済があるかよ? おれは行くからな。じゃあな」
「りゅうくんっ! ・・・・・・行っちゃった・・・。もう・・・・・・」
わたしは天宮から去って行く彼の後ろ姿を見送った。
彼はその長い体躯を慣らすようにしきりに蠢かしては、天雷を地上に振りまく。
ため息をついて、わたしもまた、人間の様子を伺うべく地上の社へ向かった。
「わたしが、がんばらなくちゃね・・・。わたしは、だって再生を司る神・・・・・・」
年の瀬に、人々の神への想いがわたしの耳に届いてくる。
「・・・・・・はぁ・・・。」
人の姿をとる。
表面を覆っていた鱗がぱらぱらと地面に落ちていく。
行き交う人々に、わたしの姿は見えない。
すたすたと歩いては、人々の声を聞いていく。
「・・・・・・はぁ・・・・・・。」
先ほどよりも深いため息がこぼれた。
鐘の音も聞こえない。
りゅうくんの言っていた言葉が思い出された。
「自分たちで歩いていく、か・・・。でも、それなら、・・・・・・なぜ、わたしたちは・・・・・・」
まだ、こうして存在するのだろう・・・・・・。
利用、・・・・・・。
ちがう、ちがう・・・・・・。
周りで、人々がざわめいた。
どうやら、年を越したようだ。
わたしの司る年がやってきた。
「わたし、がんばるよ。そしたらきっと、他のみんなだってわかってくれる。りゅうくんだって・・・、きっと・・・・・・」
いつからか降り出した雪が、頬に触れて、溶けていった。
つらりと雫が伝って、地面に落ちた。