四神倶楽部物語
私は槇澤の話しに、「そらそうだな」と大きく頷き、「禁断の扉であろうがなかろうが、そんなの関係ないよ。槇澤にとっては、家賃が安いのが一番だ。それで、当然契約したんだろ?」と、その顛末を知りたくて、私は思わず顔を前へ突き出しました。
もちろんだよ。すぐに契約したよ。
だけど不動産屋が言った禁断の扉、その言葉がね、ちょっと心の隅っこに引っ掛かってしまってね。担当者に、それって、なぜ禁断の扉なんですか? って訊いてみたんだ。するとそいつはちょっと心配そうな顔付きをしてね。
「禁断の扉は、いわゆる禁断の扉ですよ。よくわかりませんが、どこかの男の楽園へ繋がっているとかの噂でして……、槇澤さんのご意志次第ですが、まあ、お気を付けて下さい」ってね、不動産屋はそう答えただけ。
だけど今考えてみると、あれはメチャクチャ歯切れの悪い返答だったんだよなあ。
そんなこともあったのだけど、俺は特に気にもせず、早速契約して、そのアパートに住み始めたんだ。それが実に快適でね、確かにもっけもんだったよ。
「ほー、それじゃアッタリーで良かったじゃないか、入居おめでとう」私はビールのグラスを槇澤のグラスにカチンと合わせ、ヤツの幸運を祝福してやりました。すると槇澤は、今度はなぜか何かを訴えるような眼差をして、私をじっと見つめてくるではありませんか。
ああ、あの時まではね。
そう、あれは住み始めて、1ヶ月経った頃のことだったかなあ。ある夜のことだった。それも草木も眠る丑三つ時に。コンコン、……、コンコン。
その禁断の扉の向こうから誰かがノックしてきたんだよ。ホント、ゾーッとしたぜ。
だけど、これって、考えてみれば、隣人からのノックだろ。無碍(むげ)にするわけにもいかないしね。俺はベッドから降りて、扉の所まで行って、できるだけ落ち着いた声で訊いてみたんだ。「どうかされましたか?」ってね。
するとね、龍斗。まあ、それはそれは甘い声でね。「ね〜え、良樹さん。イケメンの良樹さん」って仰(おっしや)るんだよ。これホント、度肝を抜かれたよ。だって、いきなりなんだぜ。苗字ではなく名前で――、良樹さん、てね。
俺としては、イケメンは充分納得できるけど、とにかく名前で呼ばれたんだぜ。