眠れぬ夜に -宵待杜#05-
窓からの光に、ぼんやりと深景は瞼を震わせる。
少し寒くなってきた季節にまっすぐな朝を告げる陽光が差し込んで、深景は思わず閉じそうになる目をなんとか開く努力をした。
ゆっくりと上体を起こすと、まだ何割かを夢の中に置き忘れてきた頭が違和感を感じる。
「……。!?」
思わず意識が一気に覚醒する。
一面に広がるふわふわとした暖かい白。
それは小さな羊の群れだった。
ぽてぽてと深景の枕元にまで歩いているそれを、思わず手のひらに拾い上げると、
その中に埋もれる、月の金と夜の黒。……つまりのところ、蜜月と店主。そしてその枕元に丸く蹲る黒猫だった。
蜜月が抱きしめている大きな羊は枕だろうか。
「……夕べはこんなんじゃなかった、はず」
深景は夕べの記憶を思い返してみた。
確か蜜月に絵本を読んでいた記憶はある。
そして、どうやらその途中で眠ってしまったらしいところまではいい。
だがそのときはまだ普通のベッドだったはずである。
何時の間にこんなことになったのだろう。
「おはよう、深景」
店主がむっくりと起き上がった。眠そうな目を擦り、手を伸ばしてモノクルをつける。
「おはよう……ねえ、マスター。これ何か聞いていい?」
「ん? 羊さん」
「そうじゃなくて」
蜜月の手前朝はきちんと起きるが、実はそれほど朝の強くない深景の不機嫌がふいに顔を見せた。
店主がくすくすと笑いながら、眠たげな表情のまま、癖のついた髪を指先で整えた。
「ゆうべ、蜜月が眠れなくなったらしくてね。それで数えるついでに」
「大量発生させた、ってこと?」
「そんなとこかな」
可愛いでしょう、と羊を捕まえては手のひらで遊ぶ店主に、どうするんだと深景は俄かに不安になった。
見下ろすと、んん、と蜜月が羊を抱いたまま寝返りを打った。楽しい夢でも見ているのだろうか。その口元はふわりと笑みを象っていた。
「……まあ、気持ちよさそうに寝てるし」
「結果オーライだろう、深景」
悪びれない笑顔に、深景はふっと息を漏らした。
どうしても、自分はここの住人に甘いようだ。
羊の背を撫でると、掌に柔らかな感触が伝わる。愛嬌のある羊が、もっと触ってというように深景に擦り寄った。
「とりあえず、蜜月が起きたらふわふわのメレンゲのクッキーでも作ってみる?」
「綿菓子とかもいいね」
「どこにその機械が……」
「奥にでも転がってないかな?」
「あるの!?」
「ないかも」
今度探してこよう、などと店主が新しい遊びを思いついた子供の顔で笑う。
お菓子を作っている間に張本人にこの羊たちをどうにかしてもらおうと深景は心の中で決めた。
作品名:眠れぬ夜に -宵待杜#05- 作家名:リツカ