小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

オナンの女

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 


 建築専攻の院生である珠樹は、既に二級建築士の資格を取得している。実務経験を要する国家資格であるが、大学などで建築の専門教育課程を四年間受講した場合、プロとしての実務経験なしで受験資格が得られるのである。向学心の高い珠樹は、学業やTA業務の傍ら目下一級取得に向けて勉強中だ。

 とか言って、どうせ自分が優位に立って教えやすいからでしょ、と涼二が憎まれ口を叩こうとした矢先――。

「だって、私自身がそうだから」

 遠い目をしてつぶやく珠樹。

「私には誠一さんのような輝かしい才能はないから。せめて誠一さんが生涯を通じて創作活動に没頭できるよう、私が彼を支えてあげたいの。その為には設計デザイナーにしろ大学教員にしろ、すこしでも社会性のある立場と生活能力を確立しなくちゃ」

 静かな口調に彼女の決意がこもる。そして、その言葉がナイフのように涼二の心に突き刺さった。私には輝かしい才能はないから……か。どうせ内心「私たちには」って言いたいんだろ。すっかり陽の沈んだ暗い窓の外に目を向け、涼二が心の底で毒を吐く。

 狭い密閉空間の中で、二人の様々な思惑が交錯する。おもむろにステアスイッチでカーステの音量を上げる珠樹。荒々しく泥臭いテキサスブルースが鳴り響く。エッジの効いたギターのチョーキング音が、峠の闇を切り裂いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 古代「吉備国」の跡地であるS市。聖武天皇により創建された五重塔「備中国分寺」画聖雪舟が少年時代に修行をしていた寺として有名な「宝福寺」温羅
うら
退治の伝説でも有名な国内最大級の古代山城「鬼ノ城」など、歴史ロマン溢れる観光スポットとしても有名だ。まだ日が暮れたばかりだというのに、自然に囲まれた街並みが夜の静寂
しじま
に溶け込んでいる。

 涼二のアパートから五十分ほど経過して、メガーヌが白い建物に到着した。新築の分譲三階建てデザイナーズマンションの一室。古代の里、S市に似つかわしくない洒落た装いだ。そこが誠一のアトリエ兼自宅だった。闇の駐車場を常夜灯の明かりがぼんやりと照らす。シートベルトの解除ボタンを押しながら、珠樹は怪訝そうな顔で周囲を見渡した。

「どうしたの珠樹さん」涼二が尋ねる。

「さっきから誰かに見られているような気が……実は最近、このマンションの周辺で、頻繁に怪しげな視線を感じるの。怖いわ、ストーカーかしら……」

 無理もないよ、珠樹さん魅力的だから――口に出掛かった言葉を飲み込む涼二。

「素敵なナイトさまに守ってもらえばいいじゃない」

「彼、繊細なタイプだから。ていうか誠一さん目当てだったりして。彼って、そっち系の男の人にもモテそうだし。むしろ私が守ってあげないと」

 ちいさくガッツポーズをしながら、珠樹は引きつった笑みを浮かべた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 301号室と刻まれたメタリックプレートの前で、ヴィトンのバッグから合鍵を取り出す珠樹。彼女は慣れた手つきで、ダークグレーの玄関ドアの錠を開けた。

「急いで準備しなくちゃ。きっと誠一さんも待ちくたびれているわ」

 白い壁にダークブラウンのフローリング。靴を脱ぎながら、涼二はちらと玄関脇の壁に目を配った。そこには金縁の額に飾られた五十号サイズの肖像画が飾られてある。十代後半だろうか。混沌と濁った仄暗い背景の中央に立つ、長い黒髪をした少女の艶かしく煌く肢体。それは少女の頃の――。

「さあ、入って」

 全裸の珠樹だった。

(つづく)
作品名:オナンの女 作家名:紅(kou)