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フェル・アルム刻記

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§ 第三章 中枢、動く



一.

 時はやや遡る。
 七月一日。一年の後半期の始まりであるこの日は、物忌みの日とされ、冠婚葬祭全てが禁じられている。
 人々が忌み嫌うこの日、事件は起きた。

 アヴィザノを中心とした南部域に住む全ての人々が、それまでとはまったく別の言語をしゃべるようになったのだ。今まで使っていた言葉とは相容れない奇妙な音が、突如言葉として認識されるようになった。
 古事に長じている者は口々に、
[この言葉は、神君が世界を統一する前に我々が用いていた、失われた言葉だ]
 と語った。
 しかし、なぜ今の我々が突然その言葉を使えるようになったのか、との問いには、彼らも答えられなかった。
 頻繁に出没するようになった化け物。そして失われし言語の突然の復活。今までの常識が次々と破られたことで、人々の精神は大きく揺さぶられた。この日一日だけでどれほど多くの者が精神に異状をきたしたか、定かではない。
 ともあれ、フェル・アルム南部域は突如混乱に陥った。

 ほどなく、ある噂がどこからともなく流れるようになった。
「フェル・アルムに妬みを持ち続けているニーヴルの亡霊達が、世界を混乱におとしめるため、自らの忌まわしい力を解き放ったのだ」
「ニーヴルの残党どもが、怨霊達の力を手に入れ、世界に復讐しようとしている」
 などなど、それらの噂は、何かしらニーヴルと結びついたものであった。
 なぜ? どうして? と答えを求めて苦しんでいる人々は、一斉にこの根も葉もない噂を信じ、翌日にはニーヴルが全ての元凶である、との考えが人々の間に浸透していった。これが唯一の常識、疑うこともない真実であるかのように。
 本当の原因などどうでもよかった。自分達の置かれた状況を正当化する口実が欲しかったのだ。底知れぬ不安を少しでも取り除くために。



作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥