フェル・アルム刻記
ルードは耳を疑った。風に乗って、声が聞こえたような気がしたからだ。女性の声。それはライカでも、従姉のミューティースでもない。しかし、どこかで聞き覚えのある声――。
「どうしたの?」
「空耳? でも土がざわめいてる」
ルードはすくりと立ち上がった。
「こっちに……何かある!」
「ルード?」
ライカは、林の中へと入っていくルードを追いかけた。草の中を進むルードの歩き方に一切の迷いはなく、まるで見知った道を歩いているように見えた。腰のあたりまで茂った雑草をかき分けるのに苦労しながらも、ライカはルードに近づいていき、彼の肩をつかんだ。
「ルードってば、どこへ行こうっていうのよ?」
ルードはぴたりと歩くのをやめ、肩に乗せられたライカの手を握った。
「ライカ、俺は誰かに呼ばれたんだ。それがなんなのか……、知っているようで分からない。なんて言うかまるで――」
「夢の中の出来事のような、きわめて漠然としたイメージ……。私はそう言ったわ」
背後で聞こえた女性の声に、二人ははっとして振り向いた。
今まで薄もやがかかっていたようなルードの曖昧な記憶が、瞬時にして鮮明になる。二ヶ月前、疾風の手にかかって死にかけたルードは、意識のみが飛んでいき、その行き先は――“次元の狭間”――“イャオエコの図書館”――。
「……図書館……本……。そうか、あなたは!」
「お久しぶりね、ルード」
かつて会った時と同様、神秘的な雰囲気を身にまとう彼女。ルードの進むべき道を知っている、司書長のマルディリーン。
思いもかけぬ場所での再会であった。