フェル・アルム刻記
「君も相変わらず切れ者だな。とぼけた雰囲気から想像出来ないほどだよ、ハーン。確かにことは重大だ」
〈帳〉は、ハーンに対するからかいと敬意の念を一緒くたにし、わずかに笑みをみせた。
「……さて、我が家に入りなさい。まずは汚れを落とし、寝てしまうのがよかろう。つもる話はその後だ」
ルード達は〈帳〉に案内されて、それぞれの望む部屋に落ち着いた。〈帳〉の館は、彼ひとりが住むにはあまりにも広い。使われていない部屋も多くあったが、いくつかの部屋は客人用に家具が用意されていた。もっとも、それが使われたことなど無いのだが。
部屋の両端からはがたがたと、何やら掃除をしているような音が聞こえる。三人は隣り合わせの部屋を選んだ。ルードも両隣がやっているように、部屋のほこりを払うことにした。
それがひととおり終わると、ルードはベッドに横になった。毛布などは用意されていない。〈帳〉も客の来訪を考えていなかったからだ。〈帳〉は今、客人のもてなしに大わらわであった。湯を沸かし、食事の支度もしている。
左の部屋から、タールの音色がこぼれてきた。しかしそれもじきに止み、静寂があたりを包んだ。窓から射し込む日の光は、ルードを眠りの世界に誘《いざな》うのに十分なほど心地よかった。彼はいつしか眠ってしまう。全てのわだかまりを忘れ、ルードは平穏な夢の世界へと赴くのだった。