フェル・アルム刻記
「僕にとっちゃあ、〈帳〉のところに着いて、やることが増えたわけだ。〈帳〉の話を聞くことと、君に剣技を教えることとね!」
お互い目が慣れた暗闇の中、ルードも笑い返す。先ほどまでの負の感情は消え失せ、晴れやかな気持ちで満たされた。と同時に、睡魔が襲ってきた。
「俺の怪我が剣の力で治ったって言うんなら、ハーンの怪我だって治るはずじゃあないのか?」
眠気を押さえて、ルードが訊いた。
「僕は『すばらしい切れ味をみせる剣』としかあれを使いこなせないんだよ。相性が悪いせいか、ね。剣自身は僕に何の影響も及ぼさないんだ。災いも、そして助けも」
どこかしら寂しそうにして、ハーンは答えた。そして今度はハーンが、傷の痛みに顔をしかめながら立ち上がった。
「どうしたのさ?」
毛布をかぶったルードはいかにも眠そうに言った。
「ああ、寝てていいよ。ちょっと外を見回ってくるからさ。愛するライカと仲良くお休み!」
「な……馬鹿言うなよな!」
ハーンは痛む脇腹を手で押さえながらも、軽く揶揄すと、予備の短剣を手に外へと出ていった。ルードは、さきのハーンの言葉を反芻しつつ、ライカの寝顔を見つめていた。
(剣を握る……。そう、守ってみせるよ。そして……ライカ、君との約束も果たすから……)
ルードは迫りくる睡魔に勝てず、重いまぶたを閉じた。
* * *
「うん。“護り”も万全なようだし、周囲も大丈夫だね」
ハーンはしばらく、見張りをかねてあたりを散策していたが、それに飽きたのか、寝場所に引き込むことに決めた。
「……あの剣はやっぱりガザ・ルイアートだったんだなあ。どおりで僕が持ってたらはなにも応答しないわけだよ。聖剣とはよく言ったもんだ。このこと、〈帳〉はなんて思うのかね!」
軽い口調でそうひとりごちると、ハーンは空を見上げた。
そしてすぐ。
彼の表情は全く真摯なものに変貌した。
ルード達の前では、滅多にみせることのない表情。
「星が……ない……」
雲一つない天上の世界は、何も映し出していなかった。空を覆うべき星達は存在せず、あるのはただ、空虚な暗黒のみ。
狂おしいまでの漆黒のもと、ハーンはただ立ちつくすしかなかった。
虚ろな空を映し出していたのはその晩のみ。翌日からは何ごともなかったかのように、空は満天に星の姿を映した。
ハーンがその星空の下で思いに耽る姿をルードは目撃するが、浮かない顔をした彼が、何に思いを馳せているのか、ルードには知るすべがなかったのである。