フェル・アルム刻記
§ 第三章 予期せぬ旅立ち
一.
それから二日が過ぎた。
帰ってきた初日、ルードとライカは旅慣れていないためか、熱を出して床に伏した。一つの不安からの解放、それとともに生じた新たな不安がそうさせたのかもしれない。まる一日休養した彼らも翌日には回復し、ルードはケルンの家へ遊びに行くのだった。
ライカはナッシュの家で世話になっている。彼女の銀髪は相当に目立つようで、その一風変わった風貌と、『しゃべれない』ためか、ナッシュの人達もどう扱っていいのか困っているようだ。ルードの見たところ、暖かく接してはいるのだが、双方ともにぎくしゃくしているのは仕方のないところか。
「ともかく早く帰ってくるからさ」
ライカが使っている部屋の中、出掛けにルードはライカに言った。
「迷惑かけちゃった人達のところにはお詫びに行かなくちゃいけないだろうし」
「うん、分かったわ」とライカ。
「ルードの家の人達もよくしてくれるんだけど、肝心の言葉が分からないと困るのよねぇ……」
「二刻しないうちには戻る、と思うから」ルードが言う。
「二こく?」ライカは驚いた様子だ。
「ああ、分かんないかな。〈刻〉ってのは時間を表すものなんだけども――」
「ううん、わたし達の世界でも〈刻〉っていう単位を使ってるの。……どういうことなのかしら? ここってわたしのいたところとそう違和感が無いのよねえ。……ひょっとしたら、わたし達の知らないところで交流があったのかもね」
最後はにっこり笑って返す。ルードに厚い信頼を置いているのがひしひしと伝わってくる、そんな表情。自分もそれに応えていかなくてはならない。
「そういえばさ、ハーンはどこに行ったんだろうか?」
「それが分からないのよ。昨日は確かにいたじゃない。看病までしてくれてたし。でも今日はどこかに行ってるみたい」
ライカも困った顔をする。
「……まさか、俺達をさしおいて出かけちまったんじゃあ?」
「それは大丈夫だと思うけど……荷物はあるのよ」
「……ってことは、どこかに日銭を稼ぎに行ったのかな」
ルードは落ち着きを取り戻し、ライカに挨拶をすると、家を後にした。
昼前。普段は羊達の姿がそこかしこで見られるものだが、今日に限ってはあまり見かけない。小屋に閉じこもっているのだろうか。
空気がどことなく湿っている。ルードは西の空を見た。
「こいつは降りそうかな……」
と、一言残して、彼は歩き出した。