フェル・アルム刻記
その瞬間、ガザ・ルイアートの刀身中央部に刻まれていた紋様が色をなしてぼうっと浮かび上がってきた。紋様の色は、ハーンが言葉を紡ぐたびに、さまざまな色に変わっていく。
ルードはただ、その様子を見つめるしかなかった。なぜハーンがこんなことを出来るのだろうか。疑問を持ちつつもなお、剣の変化に冷静に見つめている。そんな自分に戸惑いながらも、答えは出せそうになかった。
そして、ハーンの呪文は完成した。
【…………!!】
ハーンが発した最後の言葉は短いものであったが、およそ人間には発音不能と思われる奇妙な言葉であった。
そして――。
聖剣の刀身がまばゆく光りはじめたかと思うと、ついには剣の全てが光に包まれた。太陽を間近に見ているかのようなまばゆさに、ルードは目を閉じた。
ようやく光が収まって、ルードは目を開けた。ディエルやライカはまだ目をつぶっている。
見ると、手にしているガザ・ルイアートの中心の紋様は、それ自体が光を発していた。何より感じるのは――あまりに強大な聖剣の“力”。
「……ハーン!?」
ルードは我が目を疑った。ハーンが宙に浮かんでいるのだ。漆黒の剣をしっかと握ったまま苦悶の表情を浮かべている。
「……え?」
「ハーン!」
「兄ちゃん!」
ようやく目を開けたライカ、〈帳〉、ディエルも、目の前の事態の異常性に言葉を出せないでいた。
ハーンは全身をわなわなと震えさせながら口を開いた。
「聖剣の“力”は発動させたよ……でも僕自身は……耐えられるのか? この……闇の衝動に!」
ハーンの身体はゆらゆらと空中を揺れていた。が。
「かはっ!!」
鮮血を吐き出したハーンは空中でがくりと倒れ込むかたちとなり、意識を失った。
「ハーン!」
意識を失ったハーンの身体は――急にぐうっと空高く舞い上がり、いずこかへと飛び去っていった。
「ハーン!」
ルードの声はむなしく周囲に響き渡るだけだった。