フェル・アルム刻記
四.
その瞬間。
[あああっ……]
叫び声、泣き声、驚きの声――。丘に登った人々の多くは何かしらの声をあげ、自分自身の感情を露わにしていた。
クロンの上空まで黒い空が迫って来る前に何かしらの反応を示せばよかったのかもしれない。
黒い空がクロンの上を覆った時点で、事態の異常さを把握するべきだったのかもしれない。
せめて土が腐ってきた時、全住民が逃げ出す支度を整えておくべきだったのだ。
だが全ては遅過ぎた。
黒い空の下、クロンの宿りの土壌はどろどろに腐り、建物を解かし、住んでいる人もろとも飲み込んでいく。そして全てが無くなる前に、漆黒の空間が大きな津波のごとく、しかし音もなく押し寄せ、クロンの町をひと飲みした。
クロンの宿りは漆黒のもとに消え失せたのだ。
状況を把握出来ないままクロンに残っていた人々の断末魔の叫びを、丘の上の彼らは聞いたような気がした。丘のそこかしこから嘆き声があがった。
[ぐぐぅ……]
ナスタデンはもはや言葉も出せず、わなわなと震えながら涙した。
[宿だけじゃねぇ……フロートのとっつあん……ウルの家のみんな……ほかにもだ! みんな……みんな、あの中にいるんだぜ……]
大柄な主人はがっくりと膝をついた。
その肩をぽんと叩き、
[せめて僕達が助かっただけでもよかったって思わなきゃ……。じきにここも“混沌”に覆われる。はやくスティンの人達にこのことを伝えなきゃならないよ。ね? 親父さん]
自身も目を潤ませつつ、ハーンは言った。ナスタデンは嗚咽しつつも弱々しくうなずいた。ハーンもそれ以上語るべき言葉が無く、背中を向けて馬に乗った。
[行こう。スティンへ]
ハーンはディエルの頭を優しげに撫でた。ディエルは、いつもであれば鬱陶しげに手をはねのけていただろう。しかし今は、撫でられるままに、現前した漆黒を無表情に見つめるのみであった。