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フェル・アルム刻記

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 ルードは給仕に合図を送り、もう一杯酒を注文する。ライカは何かはぐらかされている感がした。ルードは、あからさまに目をそらしている。彼が物事をごまかす時には必ずこうするのだ。
「あ、ずるい!」ライカは口をとがらせて非難する。
「なんだ、ライカももう一杯欲しいのか?」
「そうじゃなくて!」
 ライカはうつむいてぶつぶつ、こぼした。何かしら自分を安心させてくれそうな言葉をルードが言ってくれるような気がしていたのに、見事に逸らされたからだ。
「それはそうとしてさ、……なんだよ、怒ってるのかよ?」
 ライカにじろりと睨まれて、ルードは苦笑した。
「何? 今なんか言おうとしてたでしょう? いいから続けなさいよ」
 いかにも不満げな口調でライカが言った。
「ああ、さっき〈帳〉さんが使った手品。あれは術なのかな?」
 そう言いつつ、ライカに飲み物の入ったグラスを手渡した。
「ありがと」
 ライカはグラスを受け取って、少し表情を和らげる。
「……そうね。わたしも術のことはよく分からないけれど、あれは目くらましの術のたぐいだと思うわ」
「俺もそう思ったんだ。〈帳〉さんも、こんなところで術を使わなくてもいいのに。誰が見てるか分からないじゃないか」
 それを聞いて、ライカの心臓が跳ねる。頭をよぎったのは疾風のこと。酒のおかげで頭の片隅に追いやられていた不安が、再び目の前に現れた感じだ。不意に胸の辺りがきゅうっとつぶされたように苦しくなり、ライカは顔をしかめた。
「ライカ?」
「なんっ……でもない……」
 気丈にもライカは笑ってみせた。だが、表情がこわばっていることが自分でも分かる。
「だけど気分悪そうじゃないか。先に宿に帰ってようぜ? あとで〈帳〉さんから話を聞けばいいわけだし」
 ルードはライカの背中を叩いて催促した。ライカも何か言おうと思ったのだが、結局何も言えずうなずいた。

 二人は席を立ち、酒場をあとにしようとした、が、無粋な男がひとり、卑下た笑いを浮かべて声をかけてきた。顔を赤らめた、見るからに酔っぱらい風情。ルードはこの男が中枢の“疾風”ではないかと一瞬勘ぐったが、そうではなさそうだ。
[お二人さん、こそこそと話しちゃってさ。これからどこへ行こうってんだい?]
 ルード達は男を無視して出ていこうとした、しかし。
「きゃ!」
「ライカ!」
 男はライカの腕をつかむと、無理矢理自分の前に立たせた。
[俺を無視するんじゃねえよ、姉ちゃん。人が話しかけてるってのにその態度は無いんじゃねえのか?]
 妙な相手にわけの分からない言葉を言われることほど嫌なものはない。しかもつかまれた右腕が痛い。ライカはルードに目線を送った。
 ルードはライカと男の間に割って入り、ライカを背中でかばう姿勢をみせ一言。
[この手を離せ]
[……ああん?]
 あからさまに馬鹿にした口調で男は聞き返した。
[いいかげんにしろよ。彼女から手を離せと言ったんだ]
[はっ、小僧が。いい気になるんじゃねえ! 俺が手を離さなかったらどうするってんだよ?]
 男が大声を張り上げる。これには周囲の商人達も会話を止めざるを得なかった。
[手を離さなかったら……俺にも考えがある!]
 ルードは怒りの表情で男と対峙し、腰に下げている剣の柄をこん、と叩いた。酒場の中がどよめく。
[やろうってのか?]
 男はライカの腕を放すと、戦う構えをみせた。ルードからすれば明らかに素人の構えだが、ルード自身も後に引けなくなっていた。
(どうする? やるのか?)
 だが救いの手はすぐに伸ばされた。
[ルード!]
 〈帳〉が駆けつけ、小さい光の球を男の眼前で炸裂させた。男が目を押さえ、後ずさった瞬間に、ルード達は酒場の外に急いだ。

「大丈夫だったか?」
 宿に戻る道中、まず口を開いたのは〈帳〉だった。ライカがこくりとうなずいた。
「ならばいい」
「〈帳〉さんのほうは? 何か聞けたんですか?」と、ルード。
「あと、あんなとこで術を使って大丈夫なんですか?」
「あの手品が術によるものだと分かったのはさすがだな」
 〈帳〉は言った。
「安心していい。術の行使前に周囲は確認しておいた。怪しい輩などはいなかった。それと、商人達から聞き出せた世界の現状については、道すがら話すわけにもいかないだろうからあとで話すことにしよう。結論だけを言うならば、もはや安穏としていられない状況だ。今夜にでも出発したほうがいいだろうな。……疲れてはいないか?」
「俺は大丈夫ですよ。ライカは……あれ?」
 ライカが笑みを浮かべている。ルードはそのことに驚いた。
「何?」
 ライカが訊いてきた。
「今、笑ってたんじゃないか?」
「え、わたし笑ってた?」
 そう言ってはじめて気が付いた。自分は嬉しかったのだ。
 ルードと男が何を話していたのかは分からないが、明らかなことが一つ。ルードが自分を守ってくれたということ。思い返せば酒場の中では、ずっと自分の横にいてくれたではないか。その一つの行動だけで、今日感じた全ての不安は吹き飛ばされ、ライカの胸中は安らぎに包まれるのであった。
(私はひとりじゃないんだ。ルードがいてくれる。そう、不安なことはひとりで抱え込まないで、ルードと一緒になって克服していけばいいんだ)
 ライカは、未だきょとんとした表情を浮かべている想い人に笑いかけた。



作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥