「舞台裏の仲間たち」 38
「それは、茜さんにしか解りません。
例えば、陽がさせば影が出来て、物には表側が有れば裏側もあるように、
同じように人の情念の中にも、
自尊と屈辱、美と醜悪、強さと弱さなどの、
相反する感情が常に、心の中では同居をしています。
この作品には、たぶん女の性(さが)と呼ぶべきもののすべてが、
碌山によって封じ込められているのだと思います。
いつも引っ込み思案だったという茜さんが
この作品から見つけ出したものは、
自分自身をのりこえるための『勇気』かもしれません。
とにかく、
茜さんは自分自身の意思で歩き始めました。
黒光を演じることで、なにか自分のなかにあるものと、
決別をする決意が生まれたのだと思います。
はっきりと分かっている事は、
茜さんが歩き始めたことで、劇団員のみなさんが動き始めたし、
わたしやレイコも、この安曇野までやってきました・・・・
一体、茜さんのその行動の根源には、
何があるのでしょう。
石川さん、それは私の方が知りたいくらいです。」
中庭に続くドアからは、外の明るい日差しを瞬時に遮って
仲良く手をつないだレイコと茜が、戻ってきました。
「順平。
茜さんが、碌山と黒光が初めて出会ったという
とてもロマンチックな場所へ案内などをしてくれるそうです。
石川さんたちもそこで、
永遠の愛を誓い合ったそうです・・・・
安曇野でも、見晴らしの良い一番の絶景で、
愛を育むのには、打ってつけの場所だそうです。
行きましょうよ、順平。
碌山と黒光や、石川さんたちにも負けないほど、
その記念すべきロマンチックな場所で、
私に、永遠の愛を誓ってほしいなぁ~
ねぇ、順平ったら。」
館内で他の作品に見入っていた人たちからも
思わず失笑がもれてきます。
アッと自分の失態に気がついたレイコが、耳まで真っ赤に染めて
身体をよじり、イヤイヤを始めてしまいました。
アイラブ桐生・第二幕・第一章(完)
作品名:「舞台裏の仲間たち」 38 作家名:落合順平